第7話

 やっと大人になったばかりの雪焼けた少年の顔は、上気してさらに赤くなっていた。


 ハルコーンの緊張を感じとり、ケセオデールもつられて頬を染めた。


 ケセオデールは静かに慎重に扉を開き、冷気のたちこめる自分の部屋へはいった。そのうしろをおずおずと彼も続いた。


 ケセオデールは火打ち石をとり、魚油のろうそくに火をともした。木っ端に火を移し、暖炉の炭に火を起こした。


 ろうそくが部屋をほんのりとした明かりで照らしだした。


 彼は実妹以外の女の部屋を物珍しげにながめていた。


 ケセオデールはそんな彼をみやってたずねた。


「どうするの?」


 彼はおずおずと近寄り、ケセオデールのまえに突ったった。そして、無言のままケセオデールの胸元のボタンをぎこちない指先ではずしはじめた。


 ケセオデールはじっとながめ、ボタンひとつにかかる時間にすこしいらだちを感じた。


「自分でできるわよ」

「しっ、黙ってて」


 彼にとってケセオデールのボタンをはずすことは、よほど大切なことらしい。彼は真剣なまなざしで、盛りあがった乳房を隠す緑の胸元をひろげにかかった。


 ケセオデールはただ両腕をぶらぶらたらし、ハルコーンのすることをながめているだけだった。


 ひとの服を脱がすだけなのに、やけにまじめ腐って慎重におこなっている彼の顔とようすがおかしくて、ケセオデールは思わずくすりと笑ってしまった。


「なんだ?」

「ううん」


 ペチコートのみのあられもない姿になったケセオデールは、従兄がベッドを指さすのに従い、ベッドのはしに腰掛けた。ふたりは無言で肩をならべてベッドに座っていた。


 彼の腕がケセオデールの肩をいだき、ゆっくりと仰向かせた。


 ぴったりと密着してくるハルコーンのカリブーの毛皮のアルスターの悪臭が、ケセオデールの鼻孔をくすぐった。汗と血と太陽と土、雑多の臭いにケセオデールは小さく咳きこんだ。


「ぬいで」

「あ? ああ」


 彼は乱暴にアルスターもろとも黄ばんだシャツを脱ぎ捨てた。彼の体臭がケセオデールにおおいかぶさる。


 どこで習い覚えたのかは知らないが、ハルコーンはけんめいに指と口とを駆使して、ケセオデールを愛撫していった。


 くすぐったいという感さえなく、乳房をもてあそぶハルコーンをケセオデールは冷ややかともいえる目つきでみやった。


 ハルコーンのやけにたくましく厚くなった胸や肩をみていると、自然に眉間にしわが寄ってくる。ふと気付くと彼もおなじような表情を浮かべていた。彼はもっとも忘我したように目を閉じていたが。


 ケセオデールはなにがなんだかわからないまま、彼がため息を深くついて額に汗するのをながめた。痛みどころか、なにも感じなかった。さわられている、あたっているという感触はあるが、特別にどうだということはまったくなかった。


 あれよあれよというまに、ハルコーンがうめいて、なにもかもすんでしまっていた。


 借り物のような体だと、ケセオデールはぼんやりと思った。


 彼はうっとりとしたまなざしで口元に笑みを浮かべて、驚いているケセオデールの頬をなでつけた。


「大丈夫?」


 なんとこたえてよいものか、ケセオデールはしかたなく正直に「大丈夫」といった。


 彼は疑いもせず、満足げにうなずいた。


「ずっと冬のあいだ考えていたんだ」


 ぽつりと彼がつぶやいた。


「なにを?」

「おまえとのこと……」


 彼は目を閉じ、そのころのことを思い出すように、「だけど、なにも心配したりすることじゃなかった……僕はおまえに愛情をもってるし、おまえも僕のことをただの従兄だとは思ってないみたいだし……」


 ケセオデールはかたわらに寝転ぶハルコーンをうかがいみた。彼はじっと顔をかたむけてケセオデールをみつめていた。


 ろうそくの火がむきあうふたりの顔をほのかに照らしている。柔和な影にふちどられ、夢うつつな表情が浮かんでいた。


「そんなこと考えていたの」


「毎日毎日、白い雪原とカリブーの群れと野郎の顔ばっかしみていろよ、ちょっとは楽しいことだって考えたくもなるさ」

「そんなに楽しみだったの」


 なにげないケセオデールの言葉のどこに刺激されたのか、彼はケセオデールをだき寄せ、今度はゆっくりとことにおよんだ。落ち着いた手が確かめるようにケセオデールの体のあちこちにふれていく。


 彼が分けいってくる感触すらなく、ケセオデールは衝動的に彼の背中へ両腕を回し、きつくだきしめた。


 感じることが愛ならば、自分は従兄を愛していないのだろうか。この体はどこかが壊れているのだろうか。


 感きわまってハルコーンがうめいた。ケセオデールの涙に気付き、心配そうに眉を寄せ、優しくあやしてくれた。


 彼に純真な優しさを感じ、彼をだましているようなうしろめたさを強くおぼえた。


 しかし、心にわだかまっていた不安感が、じんわりと喪失感に変化していくのがわかった。


 なにを失ったというのか。なにが奪われてしまったというのか。


 ハルコーンにだかれるたびに、喪失感の存在がケセオデールのなかで大きくなっていった。





‡‡‡

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