荷馬車でGO!!・二
ガタ…ゴト…ガタ…ゴト…
「何か…」
「え?」
羊皮紙の巻物に何かを書き込んでいたたアリスが、俺の呟きに反応した。
「荷馬車ってさ、悲しいよな…」
「また訳のわからないことを…」
む、訳のわからないとは何だ。
「だってよ、荷馬車って言うとさ、屠殺前の豚とか牛とか…何か、そういう印象無い?」
「あーはいはい。言いたいことは分かったわ。」
「だろ?」
「そうね。」
アリスはそれっきり、書くのに集中してしまった。
ダリルも寝てるし、
「はー、暇…あむ。」
そんな呟きが口から漏れる。
俺は干し肉をくわえると、それを咀嚼しながらゆっくりと目を閉じた。
目を閉じ、耳を澄ませば、荷馬車の中に拵えられた狭い空間には、カリカリと言う音、アリスの呼吸、ダリルの寝息、ガタガタと揺れる荷物の音が気になって仕方がない。
「おーい、何やってんだー。」
アリスの持つプレートを覗き込む。
ずいっと体を寄せると、アリスは顔を赤くした。
「ちょっ、何よ!」
「え、ごめん。気になっただけ。」
俺はその場を離れ、適当な場所に寝転がった。
着込んだ鎧のカチャカチャと言う音が響く。
「…暇だ…。」
荷馬車の中から見える青空には、まるで魚のような雲が流れていた。
○○○○○○
「…い。…さい。…起きてください。」
どうやら、俺はあのまま寝てしまっていたらしい。
パチッと目を開けると、商人のふくよかな口髭が視界に飛び込んできた。
「ふぁ…」
「お食事の準備が整ってございます。お二人は既に召し上がりました。」
「ああ…」
どのくらい寝ていたのだろうか、気がつけば、酷く腹が減っている。
「えーと…じゃあ頂きます。」
「…はい。それは良かったです…。」
荷馬車を降り、商人に着いて行くと、よく煮えた鍋が目に映った。
ほかほかと湯気を上げるそれは、どうやら野草と肉のスープらしい。
「おっ、良い匂い。」
「はい、どうぞ。」
木製の器が手渡された。
スプーンで掬うと、ずるる…と言う音を立ててスープを啜った。
「はー、あったけぇ…」
体も冷えていたらしい。
じんわりとお腹から血が巡っていくのが分かった。
「そうそう、聞くところによれば…その鎧、マジックアイテムだそうで。」
「はい、たまたま拾って…」
商人の目がぎらりと輝く。
「ほうほう、そう言えば、今日は良く冷えますなぁ…」
「へ?あ、そうですね…」
確かに…今日はやけに冷える…
「あれ、そう言えば二人は?」
「ああ、お二人でしたら…」
---先に逝きましたよ---
「?…ッ!?」
体が急激に冷え始めた。
その他にも腹痛、発汗、数え上げればきりがない。
「な、にが…」
「まだ気付けないとは…つくづく幸せな方ですねぇ…」
商人の顔が酷く歪む。
「騙されたんですよぉ…あなた方三人はね…」
「二…人、は…」
「ええ、もうこの世には居ません。」
「な…ッ!!」
何とか立ち上がろうとするが、あまりの腹痛に起き上がることが出来ない。
「(ま、不味い…意識が…)」
「ふぅ、早くあなたも死んでください。さて…先にあの二人の成果を確認しましょうか…」
「私たちが…」「何だって?」
「!?」
草むらから、死んだはずの二人が飛び出してきた。
「お、まえ、ら…」
「な、何故!?この毒は巨人も殺す逸品だぞ!?」
「ええ。確かに、その毒は強力だけど…単純な作りだからね。あんたが居なくなった隙にちょっと弄くったから…まあ、精々腹痛と下痢位じゃないかしら。」
「そ、そんなはずはない!!私はずっとお前達がこのスープを飲むのを見ていたんだ!!」
「ああ、それね。ちょっと焦ってたんじゃ無いの?あんなの只の演技よ、演技。死亡確認もしないなんて…おバカさんね。」
「くっ…覚えとけ!!」
荷馬車に逃げ込もうとする商人の足を俺は掴む。
顔面から地面へ叩き付けられる商人。
「随分と呆気ないものね…」
何とか立ち上がる俺。
「ごめんなさい。クリスって演技が下手そうだったから…」
「悪い。」
「いや、良いんだ…とにかく、お前らが無事で良かった…。と、ところで、何で死んだふりなんかしてたんだ?」
ぎゅるるるぅ…と腸が蝉状運動を開始した。
「えっとね…」
「まあ、裏で盗賊と繋がってたっぽいんだよな、そいつ。それで、盗賊達が俺たちが死んだと思って近づいてきたところを…」
「やっつけた…と。」
俺の知らないところでとんでもないことが起きていたらしい。
「盗賊って言っても、結局は一般人の寄せ集めみたいなものだからね。ある程度経験を積んだ冒険者相手じゃ手も足も出ないわよ。」
「そいつらは…?」
「適当に縛ってそこらに放置しといたぜ。」
後でギルドに言っておけば大丈夫、との事だ。
何にせよ、何事もなくて良かったと言えば良かったのだろう。
「と、ところで、俺トイレ!!」
もう我慢できねぇ!!
俺は草むらに駆け込み、どうにか一時の安寧を得る事が出来たのだった。
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