ダンジョングルメ

「おー…痛ててて…」


殴られた腹とその他諸々をさすりながら歩く。

何とかかんとか命を救われた俺は、恩人であるアリス=ホーエンハイムの『トモダチ』として即席のパーティーを組んでいた。


とは言っても、彼女は結構な実力者であると巷では有名なので、わざわざ俺に守られるようなことも無いのだが。


「ご、ごめんって言ってるでしょ………そ、そんなに痛かったの…?」

「ああ、目茶苦茶痛い。」


ひーんと言う泣き声を上げながら、アリスは腰のポーチから怪しげな色味の小瓶を取り出した。


「これ、使ってちょうだい。傷を癒す水薬(ポーション)だから…」

「え!?いやそんな高級品は…」


ポーションは最低級の品ですら俺の一ヶ月の生活費が飛ぶようなバカ高い薬だ。

さすがに貰えない…そう続けると、


「ええい煩(うるさ)いわね…自分でやったことにけじめくらいつけられるわよ!!…それに…わ、ワタシタチハ…と、トモダチ…でええええい!!」

「ぶっ!?!?」


アリスは俺の頭を左手で掴むと、右手でポーションの飲み口を俺の口に捩(ね)じ込んできた。

口の中に甘苦い液体が注ぎ込まれる。


「…ングッ……ゴクッ…」

「………ふふ、あたしの勝ちね…!!」


何が勝ちなのかは全く分からない。

頬に残っていた鈍い痛みが消えていく。

どうやら傷が治ったらしい。


「わ、悪いな…」

「別に、『友達』なら当然でしょっ!!」

「(あっ、コイツ開き直ったな?)」

「くくっ…」

「…何?」

「ホントにお前は面白いな…ってさ。」

「~~~~~っ!!バカッ!!」


先程よりも随分と優しい力でポカりと殴られた。

何故かは分からないが、自然と笑いが込み上げてきた。


「ははははっ!!」

「……ぷっ、あはははっ!!」


そんなやり取りを続けること五分、俺たちの目の前には、先程の巨大ネズミが姿を現す。

俺の腹がぐぅと鳴いた。


「…失礼。」


妙に腹が減っているのを感じた。


「石化の影響ね…石化下しを使うとやけにお腹が減るのよ…でも、獲物を目の前にうなり声を上げるなんて、随分とワイルドな腹の虫ね?…ま、丁度良いわ。あのネズミ、倒して食べましょう?」


いやいや、あんたの拳も中々ワイルドじゃマイカ。

と言ったらまた殴られそうだから黙っておこう。


「よーし、行くわよ!」


彼女はそう言うや否や、背中に背負っていたボウガンを取り出すと、ネズミに向かってボルトを打ち出す。

見事に着弾したボルトはネズミの体に深々と食い込んだ。


「ん?大したダメージになってないみたいだが…」


突然の痛みに驚き、怯えるラージラット。

止めを刺さんと剣を抜く俺を、アリスは片手で遮った。


「まあ見てなさい。」


彼女が指をパチンと鳴らすと、ネズミの体内から光を伴った黄金の刃が飛び出す。


「!?」

「ふふん、凄いでしょ?私のお父さんの発明だけど…」

「あ、もしかして、パラケルスス金か?あの、魔力の混め方で特性が変わるとか言う万能金属。」

「あら、良く知ってるわね。」

「まあ、俺はこう言うの結構好きだからな。」

「ふふ、なら色々教えて上げるわ。今のは私のブレスレット、魔力遠隔伝導装置っていう装置なんだけど…それの魔力周波数をボルトに書き込んだ錬成回路に設定して、発動したの。今の指令は『炸裂』ね。そもそもパラケルスス金の本当の利用方法は……」

「(何言ってるかわかんねぇ…)」


俺は彼女の会話に付き合うのも程々に、早速ネズミの血抜きを行っていた。

やり方は簡単、ネズミの首、ちょうど太い血管が通っている場所にナイフなどで切り込みを入れ、後ろ足を掴んで逆さまにするだけ。


するとたぱたぱと勢い良く血が流れていき、全てを出しきった当たりで皮を剥いでいく。

そうしたら、腹を裂いて…


「っと忘れてた、ここら辺に水場はあるか?」

「え?ああ、うん、少し離れた所にあるけど…それにしても手際が良いわね…」

「ガキの頃は良く捌いて食ってたからな。」

「あ…ごめんなさい…」


アリスは何かを察したような顔で謝ってくる。


「別に良いって…それより急ごう、肉が不味くなっちまう。」


俺達は急ぎ足でその場を後にした。


○○○○○○


「おお、結構綺麗な泉だな…」

「でしょう?ここは良い薬草なんかも生えているから、私も良く来るのよ。」

「へぇー…」


そう返しながら、さっきの続きを再開した。

開いた腹から内蔵を取り出し、水で良く洗ってから、邪魔にならなそうな場所に捨てておく。

皮はギルドでそこそこの値段で買い取ってもらえるため、剥いだら後で鞣(なめ)しておこう。

肉を部位毎に切り分けたら、後は焼くだけだ。


「石で簡単なかまどを作って、この丁度良さげな平たい石を乗せて…後は火を着けるっと。」

「あ、それなら任せて。」


俺が携帯用の火打ち石を取り出すと、アリスはそれを遮り、淡い緋色のナイフのようなものを枯れ草の山に突き立てた。


「着火!」


彼女がそう口にした瞬間、枯れ草の山に勢い良く火が着いた。


「おお…すげぇ、これも錬金術なのか?」

「まあね、凄いでしょ?」

「ああ、凄いよ。」

「ふっふーん、これはね、さっきのボルトと同じ原理の道具で、今度は………」


誉められたのが嬉しいのか、またもや説明を始めるアリス。

俺は彼女の話を受け流しつつ、簡素な夕餉(ゆうげ)の支度を続けるのだった。


「アリス、ちょっと悪いんだが…ここら辺でローズマリーとか…後はミントみたいな、食えるハーブはあるか?」

「へ?あるけど…何で?」

「それは後のお楽しみ。」


アリスは不思議そうな顔をしていたが、俺の指示に従ってハーブの採集に向かった。


「よし、臭みの少ない肩肉とかは先に下味を付けるか。」


バッグの中から塩を取りだし、肩肉に揉み混む。

あまりやり過ぎると肉がぐちゃぐちゃになるから気を付けろ。


「摘んできたわよ?」

「お、サンキュ。」


受け取ったハーブを種類別に分け、軽くナイフで刻み、別な肉に刷り込んだ。

肩肉は干しておこう。


「何してるの?」

「んー…肉が旨くなるおまじない?」


ハーブ肉を鉄板の上に乗せた。

ジュウウ…と肉の焼ける音。

暫くすると、ハーブの良い香りが辺りに漂い始めた。

寄生虫が心配なので、しっかり全体に火が通るように焼くのがポイントだぞ!


「まずはこれだ!!俺特製、『ネズミのソテー、ダンジョンのハーブ風味』、さあ食え!!」


食器などは無いため、手持ちのナイフで切り分け、これまたそこら辺に生えていた巨大葉っぱの上に乗せて渡す。

受け取ったそれを大胆に口へと運ぶアリス。

表情が変わる


「!!…モグモグ…ゴクリ…何これ…いつも食べてる肉も美味しかったけど…これはそれ以上…!!肉に元々あった臭みが、ハーブの清涼な香りに打ち消され、その味わいを何倍にも昇華させている…ッ!!こッ、これを作ったシェフは誰だァーーーーーッ!!」


若干興奮気味のアリス。

正直怖いが、喜んでくれて何よりだと思うよ?命の恩人だし。


「さ、まだまだあるからな、たんと食え!!たんと!!」

「あれもこれもそれも…ッ!!う、うんまァーーーイィィッ!!」


そうして彼女が俺の肉を楽しんでいる間、俺はせっせと皮を鞣(なめ)し、明日に備えて先程の肩肉を切り分け、干し肉の用意をするのだった。

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