昔の話

ホーエンハイムの家は、今代の当主であるアリスの父のヴァン=ホーエンハイム=パラケルススが初代に当たる。


パラケルススは元々商人の出だったが、錬金術の研究で一発当ててから貴族へと転身した運の良い男だ。

特に彼の発明品である『パラケルスス金』は様々な性質を持たせることのできる万能の金属で、地方都市には余り関係の無い話ではあるが、王都等では市民の生活に無くてはならない必需品と化しているとか。


しかし彼は、数年前に『エーテル』とか言う物質の研究を始め、今はその姿をどこかに眩ましている。


「と言うのが私のお父さんの話。」

「へぇ…」

「昔から旅好きな性格だったし…お母さんに捨てられたのもそのせいなの。家に帰ってもお父さんがいないのはちょっと寂しいけど…まあ、そのうちひょっこり顔を見せると思うし、良いかな?って。」

「仲、良いんだな、親と。」 

 

食事を終え、俺は彼女のことについて聞いてみることにした。

パチパチと音を立てて燃える焚き火の熱が、体を暖かく包む。


「私の事はもういいわ、クリスは何か無いの?」 

「そうだな…軽くしか触れてなかったから、俺の親父の話でもすっか。」

「あなたのお父様の話?確か、戦士だったって言ってたわよね?」 


興味津々な様子だ。


「ああ、そうだな…まずは何から話すか---




 

---俺の親父は…昔、国の大きな剣術大会で優勝した事があってな…

ホラ、『無双のゴドー』って、知ってるか?

まあ、そのゴドーが、俺の親父だったんだ。


凄い人だったよ…剣一本で熊を倒したり、猪の頭を割って見せたりさ…

あの時は楽しかったよ、教会で勉強とかもしてたしな。

けど、そんな幸せも長くは続かなかった。

俺が11歳の時、親父は40は超えてた時だ。


ホラ、ダンジョンが現れた、13年前のあの日。


親父は勇敢な戦士だったからな…身の危険も省みず、魔物をばったばったと薙ぎ倒して…あん時の親父は…まるで『鬼』みたいだった。  

でも…逃げてる最中に、母さんが俺を庇って死んだんだ。

首筋を咬み切られて…即死だったらしい。 

親父も強力な魔物と戦って、足に大怪我を負っちまってな。

そっから、親父は変わっちまったんだ。


何時も笑顔だった顔は死人のように痩せこけて、体も随分と細くなってた。

酒も呑みすぎていて、まともに動けもしねぇくせに、目ぇだけは獣みたいにギラついてて、「俺は戦士だ!!」なんて言いやがる。 


その頃俺と親父は街に逃げてきてた。

生活費は俺が稼いでたよ、毎日必死こいて働いてさ、なんかあると、親父はすぐに殴ってきた。       


毎日が必死だった。


親父を死なすまいと、ネズミを食わせてでも生きようとしてた。

なんだかんだ言って、親父は俺達の為に戦ってくれてた訳だしな…

けど、親父は死んだんだ。

5年前の…たしか冬だったな…

何時ものように家に帰ると、親父は動かなくなってた。 

元々病気もしてたし、なけなしの金で医者に診(み)て貰ったときも、あんまり長くはないって言ってたしな。


あの時は…凄い悲しかった…けど、良くわかんないんだけど…どこか、解放感に似たものも感じてた。

 

「っとまあ、これが俺の親父だ。」      

 

ボロボロと大粒の涙を流すアリス。


「おいおい…何にも泣くようなことは…」

「だって…だって…ひっく、あなたがかわいそうで…うえぇぇん…」  

「そんなことねえよ、言っただろ?親父が居なくなって清々してるって。別に俺は気にしてないし、むしろそう心配されると、妙に背中がむず痒(がゆ)いっていうか…だあぁぁっ!!もう寝よう!そうしよう!」

 

ところがアリスが寝付く様子はなく、また俺もそんな彼女につられて起きていたため、あまり眠ることのないまま新しい朝を迎える事になったのであった。     

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