42-5.その表情は


 おれたちは喫茶店を出ると、近くのダンジョンアタック施設に向かった。


 電車を乗り継ぎ、駅を出たところで、おれは寧々の肩を引く。


「おい、寧々。どうするんだよ?」


「いや、わたしに言われても……」


「でも、おまえのお母さんだろ?」


「だって、わたしの言うことなんて聞きやしないし……」


 と、向こうのほうで明美さんが呼ぶ。


「なにやってるの? はやく、いらっしゃい」


「は、はあーい」


 おれたちはそちらに向かいながら、周囲を見回した。


「……いないよな?」


「あ、ああ。そう思うけど……」


 辺りを見回すが、主任らしき人影はない。


 まあ、それもそうだ。

 あっちは仕事中だし、プライベートなことでそれを中断させるわけにはいかない。


「なあ、メールかなにかで伝えればいいんじゃない?」


「いや、さっきからやってるんだけど、返信がなくて……」


 まあ、取引先との打ち合わせが終わるまでは、どっちにしても無理か。


「まあ、主任は話せばわかってくれる。問題は……」


 ちら、と明美さんの様子をうかがう。


「今日以降は、どうする?」


「まあ、しばらくしたら、喧嘩して別れたことにするけど……」


「それ、大丈夫だろうな」


「大丈夫だって。別におまえのこと恨んだりしないと思うし……」


「いや、そういう意味じゃなくて……」


 おれは一層、声を潜めた。


「また見合い話とか、くるかもしれないだろ」


「…………」


 寧々は一瞬だけ立ち止まり。


「そのときは、そのときだって」


「でも、いやなんだろ?」


「なあ、そうなんだけど……」


 そう言って苦笑する。


「まあ、次はもうちょっと、うまく断るよ。やっぱり、思いつきで行動すると、あとが面倒だってわかったからさ」


 ……いや、今回のパターンは特別すぎるんじゃないだろうか。


「おまえらに迷惑かけたいわけじゃないしさ」


「…………」


 その言葉に、なんだか申し訳なくなる。


「なあ、寧々。おまえ、好きなやつとか、いないの?」


「え?」


「いや、そういえば、おまえとそういう話、したことなかったなって。もし、そういうひとがいるなら、おれだって協力したいし……」


 一瞬だけ、寧々は大きく目を見開いた。


「…………」


「え、なに?」


 小さく首を振る。


「……ううん。なんでもない」


 さっきよりもはやい歩調で、明美さんのほうへと向かった。


「ねえ、母さん。あそこの店なんだけど、いい酒が揃ってるから、今夜はここで飲もうよ」


「あら、そうなの? いいわねえ。じゃあ、牧野くんもいっしょに……」


「あ、牧野は無理だって」


 寧々は首を振った。


「あいつは、今夜は大事な用事があるらしいからさ」


「…………」


 明美さんが残念そうに言う。


「あら、そうなの。残念ねえ」


「まあ、牧野はまた今度な。ほら、ダンジョン施設、そこ曲がったところだよ」


「そういえば、わたし、ダンジョンって初めてなんだけど」


「大丈夫だよ。わたしと牧野がついてるから」


 そう言って、こちらを向く。


「な?」


「……あ、ああ。そうだな」


 明美さんを促しながら、先に行ってしまった。


 おれはそのうしろ姿を見ながら、しばらく呆然としていた。

 歩こうとしても、うまくいかない。


 寧々の表情が、これまで見たことのないくらい悲しそうな、いや……。



 なんだか、泣きそうな顔をしていたから。

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