42-4.緊急クエスト『胃薬を持ってきて』


 寧々のお母さん――明美さんが、上機嫌で言う。


「でも、びっくりしたわよねえ。寧々ったら、そんなこと一言も教えてくれないんだもの」


「そ、そんな恥ずかしいこと、いちいち言うかよ」


「こら、その男みたいな言葉遣いはやめなさいと言ってるでしょう」


「う、うるさいなあ。母ちゃんだって、昔はこうだったじゃん」


 二人の会話をにこにこ聞きながら、おれはお腹を押さえていた。


 キリキリキリキリ……。


 ああ、胃が痛い。


 いや、寧々たちの会話は平和そのものだ。

 やっぱり仲がいいようだし、明美さんもいいひとだよな。


 問題は……。



 じいいいいいいいいいいいいい。



 隣からすっごい視線を感じる。


 主任がきびきびと取引先との打ち合わせをしながら、こちらの一挙一動に神経を注いでいるのがわかる。


 どうなってんの?

 こんな威圧感あるくせに、どうして打ち合わせのほうも完璧にこなせるんだよ。


 意識が二つあるとか、そんな感じ?

 そういえば聖徳太子も10人の言葉を同時に理解できたって聞いたことあるな。


 いやいや、もはや人間業じゃないよ。


「牧野くん。どうしたの?」


「え!? あ、いや、すみません。ちょっと、緊張しちゃって……」


 このまま軽く挨拶だけ済ませて、ボロが出る前に去らなければ。


 頼むから、変なことを言いませんように!


「いや、でも本当に驚いたわよ。まさか寧々の恋人が、あのときのパーティの方だなんて思わなかった」


 ――ゴンッ!!


「く、黒木さん!? どうかなさいましたか!?」


 隣で主任が、盛大にテーブルに頭を打ちつけた。


「い、いえ。ちょっと、花粉症の影響でくしゃみが。へ、へっくち、なんちゃって」


「は、はあ。それは大変ですねえ」


 アハハ、と誤魔化したあと、じろりとこちらを睨む。



 ――ビュウウウウウウウウウウウウ。



 なんなの、この冷たい殺気!

 ほんとにダンジョンでスライムに負ける主任と同一人物なの?


 慌てた寧々が、早々に話を打ち切ろうと進める。


「そ、そんなことよりさ、一応、これで納得してくれたろ?」


「まあ、そうねえ」


「じゃあさ、とりあえず、この話はお終いってことで……」


「あ、そうだ」


 すると寧々のお母さんが手を叩いた。


「もう二人は結婚間近って聞いたけど、その点はどうなの?」


 初耳ですけど!!


 寧々を見ると、バッと顔を逸らされた。

 こいつ、話を盛ってるのを伝え忘れたな!?


 ――バシャーンッ!


「く、黒木さん!?」


 隣では、主任がコーヒーをぶちまけて、えらいことになっている。


「す、スーツが大変なことに……」


「ご、ご心配なく。コーヒーを使った最新の花粉症対策です。頭からコーヒーを被ると、症状が抑えられるんです」


「な、なるほど! さすがは黒木さんだ!」


 納得してるんじゃなよ!


 思わずツッコみそうになるのを、必死にこらえる。


 と、明美さんが言う。


「……なあんか、怪しいわねえ」


 ぎくり。


「な、なにが、ですか?」


「さっきから、妙にそわそわしているというか、なにか隠してない?」


 さ、さすが寧々の母親。

 なかなか鋭い勘をしている。


「いやほら、緊張してるだけだって! 普段はラブラブだよな!」


「も、もちろん、ラブラブです!」


 ――グシャア!


「ああ、黒木さん! なぜ極秘書類を握りつぶすのですか!?」


「い、いえ。これはフェイクで、あなたが信頼に値する人間だと判断したら本物をお渡しするのです」


「な、なるほど! さすがは極秘書類!」


 うちの取引先って、もしかして馬鹿なのかな?


「と、とにかく、もう時間もないし、駅まで送るよ」


 もう遅い気もするけど、とにかくこの場を離れたい。


 しかし、明美さんは首を振った。


「実は仕事のほう、キャンセルしちゃったのよ。久しぶりだし、あんたとゆっくり話したいわねえ」


 ええ!?


「あ、それと……」


「こ、今度はなんだよ!?」


「あなたたち、仕事でもいっしょなんでしょう?」


「え? あ、いや、まあ、な?」


 寧々が「合わせてくれ!」とアイコンタクトを送ってくる。


「は、はい。おれが寧々の助手、という感じですけど……」


「ああ、じゃあ、ちょうどいいわ」


 そう言って、明美さんがにっこり笑う。


「どうせだから、二人の仕事風景も見せてもらいましょうか」


 おれと寧々は、すごい顔で互いを見た。


 なんか、面倒なことになったぞう。

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