42-3.話を聞かせてもらいましょうか
「むりむりむりむり! ぜったいバレるから!」
「頼むよ、そう言わずに!」
「いや、でも……」
なんで、あんなナイスな場所に陣取ってるんだよ!
あの配置、ちょっと視線を逸らせば、おれたちと目が合う感じだろ!
「あ、明日とかじゃ、ダメなのか?」
「母ちゃん、今日の夕方には帰っちまうんだよ」
「じゃあ、いまから、場所を変えてもらうっていうのは?」
「あ、そ、そうだな。ちょっと、メールして……」
しかし、窓の向こうに変化が起こった。
寧々のお母さんのテーブルに、なぜか特大の山盛りイチゴパフェが運ばれてきたのだ。
……オーダーミスかな?
一瞬、そう思ったけど、寧々のお母さんはうきうきした様子でそれを受け取った。
「なんで娘の彼氏と会うのに特大イチゴパフェ頼んでんだよ!?」
「知らねーよ! こっちが聞きたいよ!」
しかし、あの大きさ。
すぐに席を立てる感じじゃないよな。
……どうする?
おれがバックレたことにするか?
でも、それは寧々の信用にかかわるからな。
ううううううううん。
「ほら、黒木って鈍感だし、わかんないって」
「さすがに、それはどうかな……」
「あいつ花粉症がひどいんだろ? 目とか、しょぼしょぼするらしいし。それに知り合いと外ですれ違っても、意外とわからないものじゃん?」
「いや、まあ、そうかもしれないけど……」
ちら、と窓の向こうを見る。
主任は大きなマスクをしたまま、取引先と真剣に話し合っている。
……あの様子なら、まあ、他に気を取られる感じじゃないよな。
「……わかったよ」
やるしかない。
おれと寧々は、できるだけ目立たないように店内に入った。
「こっそりな」
「わ、わかってるって。母ちゃんには、席を替えてもらって……」
店員さんがやってきた。
「いらっしゃいませー。二名さまですか?」
「あ、ちょっと、あちらの女性と待ち合わせを」
「かしこまりました。それでは、どうぞ」
寧々のお母さんのテーブルに近づく。
「か、母さん。待たせたな」
「あら、寧々。ほら、こっちに座りなさい」
「あ、うん。あのさ、ごめんだけど、ちょっと席の移動を……」
二人の会話が頭に入ってこない。
おれは視線の端に映る主任の動向をうかがう。
彼女は取引先の相手と、真剣に話し合っている。
頼む頼む頼む。
主任、こっち見ないでくれ。
――と、思ってたんだけど。
目が合った。
あ、やべ。
いや、でも、意外と気づかな……。
その瞬間。
ぎくうっと、彼女の身体が強張る。
はい、バレました!
当たり前だよな!
でも、ここで引くわけにはいかない。
おれは営業スマイルを浮かべて、寧々のお母さんに声をかける。
「ど、どーも。お久しぶりです」
と、こちらを見た寧々のお母さんが、首を傾げた。
「お久しぶり……?」
一瞬ののち。
「ああ! きみ、牧野くん?」
「は、はい。えっと、もう五、六年ぶりですかねえ」
「そうねえ。いやあ、まさか、あなたとは思わなかったわあ」
「あ、アハハ。おれもですー」
「え、どういうこと?」
「い、いえ! ちょっと、アハハ……」
やばい。
主任の視線がグサグサ突き刺さって、会話どころじゃない。
「ほら、はやく座りなさい」
やたら上機嫌な寧々のお母さんに勧められる。
「あの、すみません。申し訳ないんですけど、席を移動させていただいても……」
「あら。そういえば、寧々も言ってたわね。いったい、どうしたの?」
「いや、ちょっと、ここだと窓から丸見えなんで。ちょっと恥ずかしいなーって」
「あ、そ、そう? まあ、あなたたちがそう言うなら、そうしましょうか」
我ながら、かなり苦しい言い訳だが、寧々のお母さんは了承してくれる。
パフェを持って、向こうのテーブルに移動する。
よし、ここなら、主任からは見えな……。
「も、申し訳ございません! お手数ですが、席の移動をお願いしてもよろしいでしょうか!?」
はい!?
主任の声が聞こえたかと思うと、二人がこっちに移動してくる。
「ど、どうしたんですか?」
取引先の男性が困惑気味に聞いた。
「いえ、これから極秘の資料を提示しますので、窓から丸見えの位置では……」
「な、なるほど!」
なるほど、じゃねえよ!
結局、彼女たちはおれたちのテーブルの隣に陣取る。
これはまずい、会話も丸聞こえだ。
寧々のお母さんが、にこにこ笑いながら言う。
「さ、じゃあ、話を聞かせてもらいましょうか」
「…………」
「…………」
おれは寧々と目を合わせると、こくりとうなずき合う。
……とりあえず、あとで土下座で済めばいいな!
―*―
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