42-2.そこにいるのはもちろん


 一週間後。

 日曜日の午後、おれは駅前に立っていた。


 約束の時間になると、寧々がやってくる。


「ウース。わざわざ悪……」


 おれを見た途端、顔をしかめた。


「うーわ。それ、どういうこと?」


 おれの服装を見回して、嫌そうに言う。


「ち、違った?」


「白タキシードとか、王子さまかよ」


「いやだって、ハナが買ってくる少女漫画に、恋人の親に会うときはこうだって描いてあったし」


「ええ? あいつ、おまえん家にいるの?」


「だって、他に預けるような場所、ないしさ」


「まあ、黒木がいいって言ってるなら、いいけど」


 にやあ、と悪い笑顔を浮かべて、パシャパシャと写真を撮る。


「あ、こら、やめろ!」


「いいじゃん。こんなん、一生に一度、あるかないかだろ?」


「言いながら笑ってるだろ!」


「だって、ぷふっ、これ、周囲からめっちゃ浮いてんだけど」


 アハハ、と笑いながらムービーまでばっちり確保された。


「よし、まずその仮装大賞をどうにかするか」


「……はい」


 そのまま、適当な服屋で見繕う。

 確かに周囲の視線がすごく痛いんだけど。


「なあ、この馬の被り物してこうぜ」


「おまえ、遊んでるだろ!」


「いやいや、ぜったいタキシードよりマシでしょ」


 けらけら笑いながら、いつもと同じような服を選んだ。


「あー、うーん、まあ、それでいいか」


 そう言って、それをレジに持っていく。


「あ、おれ払うよ」


「いいよ。わたしの都合だしな」


 まあ、正直ありがたいけど。


「ていうか、おれじゃなくてもよかったんじゃないか?」


「どういう意味?」


「あー、やっぱ、主任にバレたらまずいと思うし」


「こんなところで出くわしたりしないだろ。黒木は今日、なにしてんの?」


「いや、今日は取引先との急な打ち合わせで出てるかな」


「へえ。大変だねえ」


 正直、とても主任には言えなかった。


「それに、しょうがないじゃん。わたし、男友達とかいないし」


「ええ? 協会の知り合いとかは?」


「おまえ、こんなプライベートな頼み、仕事の同僚にできるかよ」


「まあ、そうだけど……」


 寧々がため息をつく。


「それにほら、それを口実に飲みに誘われたりとか、面倒じゃん」


「あー、なるほどね」


 こいつ、見た目だけはいいもんなあ。


「あ、ピーターとかは?」


 そういえば、あのトーナメント以来、会ってないなあ。

 いまは本部のほうで仕事してるらしいけど、あいつなら飛んできそうな……。


「ぜっっっっっったい、やだ!!!!!!!!!!」


「……ああ、そう」


 ううむ。

 どうして、こんなに嫌われてるのかなあ。


「あのな。わたしだって、別に誰でもいいってわけじゃないんだよ」


「あ、いや、それはわかるけど……」


 あれ?


「……おれはいいの?」


「えっ!?」


 寧々がどきりとする。


「ま、まあ、ほら、おまえは安牌っていうか?」


「ああ、そう」


「いや、悪いっていう意味じゃなくて!」


「う、うん。わかってるけど」


 すると、なにか言いたそうな顔でこちらを睨む。


 な、なんだ?


「……ハア。もういいや」


 なぜか、がっかりされてしまった。

 ううむ、ときどき、寧々ってわけわかんないこと言うよなあ。


 そうこうしているうちに、約束の時間になる。


「どこで会うの?」


「駅前の喫茶店だけど……」


 その店の窓から、そっと中をうかがう。


 すると、記憶にある女性が窓際のボックス席にいた。


「……よし、いくぞ」


「お、おう」


 そのときだ。


 おれはふと、寧々の腕を掴んだ。


「ね、寧々……」


「なに?」


「まずいことになった」


「はあ? いまさら、なにが……」


 おれの視線を追って、寧々がそれに気づいた。


「あ……」


 おれたちの視線の先。


 寧々のお母さんが座る、ボックス席の斜め向こう。


 主任が、取引先の男性と座っていた。



  ―*―



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