主任、新年度ですよ
42-1.春風は意外と激しいもので
――春だ。
社会人の春といえば、やっぱり外せないのが――。
『花見だあああああああああああああああ』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
美雪ちゃんの雄叫びに、招待されたおじさん方が乗っかる。
端のブルーシートからそれを眺めながら、皐月さんがぐびぐびと缶ビールを空けた。
「いやあ、元気だねえ」
「そうですねえ」
今年は『KAWASHIMA』が花見を開催するとかで、おれたちもお邪魔している。
川島さんがつくった食事をつつきながら、満開になった桜を眺めていた。
「どれ、もう一本……。ぷはあ!」
「…………」
すでに空っぽになった缶ビールのほうが、花のほうより多い気もするけど。
「……おや。姫乃ちゃん、どうしたの?」
皐月さんの視線の先。
でかいマスクとゴーグルで武装した女性が、こちらに親指を立てる。
シュコー、シュコー、と吸引機で酸素を補給した。
「爆弾テロでも起こしそうな雰囲気だねえ」
「このひと、花粉症で」
「ええ? じゃあ、家で休んでなよ」
「まあ、それでも来るって聞かないので」
きついなら来るなっていうのは、花粉症になったことのない人間の言い分だしな。
「へい、マキ兄! 飲んでるう!?」
美雪ちゃんがやってきて、べたべたくっつく。
もうかなり出来上がってんなあ。
「はいはい、飲んでる飲んでる」
「なんだよう、ノリ悪いなあ! ほれ、美雪ちゃんが飲ませてあげよう。ほれほれ」
「あの、あんまりくっつかないで……」
ちら、と主任を見る。
シュコー、シュコー! と、こちらになにか訴えている。
はい、すみません、頼むからじっとしててください。
と、隅っこで膝を抱えている寧々を見る。
お祭り女のはずの彼女は、一言もしゃべらずに酒をちびちびやっていた。
「寧々、元気ないな」
「……ああ、うん」
返事もぎこちない。
「おまえも体調が悪いのか? それなら、向こうで休んで……」
「いや、そういうわけじゃないけど」
そう言って、気まずそうに視線を逸らした。
本当にどうしたんだろ。
「なにかあるなら相談乗るよ」
「いや、おまえに相談してもなあ」
「もしかして、金の問題とか?」
それなら確かに、ちょっと力になれるか微妙だけど。
「……いや、それも違う」
「じゃあ、なんだよ?」
「…………」
ちら、と寧々が主任のほうを見る。
彼女はオレンジジュースの瓶にストローを差して、ちゅーちゅー吸っている。
「ちょっと、こっち」
「え? あ、うん」
寧々に連れられて、近くの木陰に移動する。
「どうしたの?」
すると彼女は、言いづらそうにつぶやいた。
「……牧野。やばい」
「な、なにが?」
「かなり、やばい」
「だから、なにが?」
すると彼女は、ものすっごく嫌そうな顔で答えた。
「母ちゃんが、来る」
「え……」
その言葉を、よくよく考え――。
「お母さんって、あのひとだよな?」
「そう。あのひと」
ずーっと前のこと。
おれたちが現役のころ、何度かお会いしたことはある。
「……なんか問題があるの?」
さすが寧々の母親って感じの、とても気前のいい女性だった。
寧々とも仲がよかったと思うんだけど、喧嘩でもしてるのかな。
「いや、その……」
視線を逸らしながら、寧々が言った。
「……見合い話を、持ってくる」
「はあ?」
あまりに寧々に似合わない言葉に、おれは変な声を出してしまった。
「そりゃまた、急だな」
「いや、前々から家庭に入って落ち着けとは言われてたんだよ。しかも今回は相手が親父の仕事の関係者らしくて、理由がないと断れないとか言われて……」
「なるほどな」
「だから、その、断りたいんだけど、ちょっと、まずい感じになっちゃってて……」
「まずい感じ?」
「いや、勢いでさ、彼氏いるからーって、言っちゃって。そんで、だったら会わせろって上京してくることに……」
ははあ。
「そ、それは大変だな」
「うん。えっと、相談、乗ってくれるんだよな?」
「ま、まあ、おれにできることなら、だけど……」
とはいっても、これに関しては、おれにできることは――。
「じゃあさ。恋人として、母ちゃんに会ってくれない?」
おれはその言葉の意味を理解するのに、けっこうな時間を要した。
――んん!?
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