41-6.女難……なのか?


 その巨大な繭を眺めながら、おれは唖然としていた。


「……なんだ、これ?」


 ちなみに、かなりでかい。

 トラックくらい、というのは言い過ぎだろうか。

 いや、そのくらいはあるかもしれないな。


 うしろからハナたちが追いついてきた。


「うっわ、なにこれ!?」


「おまえもわかんないの?」


「知らねーし。だいたい、モンスターぜんぶ知ってるわけじゃないっていうかあー」


「ああ。そういえば、そうか」


 確か、ヒト型モンスターと普通のモンスターって似て非なる存在なんだか。


「……これは、もともとあったものでは?」


 不動産のひとは完全に怖がっている。


「い、いえ。こんなものは……」


 彼はハッとして。


「いけない。お客さま、まずは外に避難を……」


 おー。

 怖いだろうに、お客さん優先とはさすがだ。


「……そうですね。では」


 そう言って、転移装置のほうへと……。


「おい、なにやってんの?」


「え?」


 見ると、ハナが繭のほうへと近づいている。


「えー。だってえー、なんかおもしろそーじゃん?」


「アホか! 危ないものだったらどうするつもりだ!?」


「大丈夫だってー。いざとなったら逃げればよくない?」


「いや、そういう問題じゃないから……」


 まったく、ダンジョン育ちなだけあって、危機感ってものがなっちゃいないよ。


「ほら、はやく出るぞ。寧々に連絡して、ハンター協会に調査を……」


 と、その瞬間だった。


 ――ぷわあん。


 妙な甘い香りがした。


「なんだ、これ……」


 そこで、ハッとする。

 おれは慌てて、自身に異常状態を無効化するスキルを展開した。


「主任、ハナ、この香りを吸っちゃいけな……!」


 ――が。


「…………」


「…………」


 二人は、ぽわあんとした表情で、虚空を見つめている。

 その瞳に、なにか奇妙な紋様が浮き出ている。


 ……遅かったか。


 これはおそらく、精神かく乱スキルの一種だ。

 繭から発せられる香りを嗅ぐことで、効果が現れるのだろう。


 いったい、どんな厄介なスキルが……。


「……あれえ? なんか、変じゃね?」


「な、なにが?」


 ハナがこちらを、じっと見つめる。

 その瞳が、妙に熱を帯びていた。


「……なんかあー、あんたが格好よく見えるっていうかあー」


「はい?」


 なんて?


 するとハナが、こちらに手を伸ばした。

 な、なんかまずい予感が……。


「ちょ、待って! なんで服を脱がそうとするんだよ! おい、落ち着け!」


 よりにもよって、催淫スキルとか!?


 慌てて逃げようとするが、うしろから、がしっと掴まれる。


「あ、主任。ちょっと、助け……」


 振り返って、背筋がぞっとする。


「牧野……」


「な、なんですか?」


 すると彼女が、苦しげに言った。


「……なんか、すごいむらむらする」


 ぎゃあ。


 ダメだ、こっちも完全にスキルにハマってる!

 こら、ひとさまの前でなんてことをしようとするんだ!


「……いや、それより!」


 そういえば、ここにはもう一人いる。

 不動産のひともこのスキルにかかったとしたら、主任とハナが危ない!


 すると、彼がふらりとこちらに近づく。

 その瞳には、やはり同じ紋様が浮かんでいた。


「お、お気を確かに! こんなところで間違いが起こったら……!」


 しかし、なぜかおれの腕が掴まれる。


「あ、あの?」


 すると彼は、おれの顎をくいっと持ち上げる。


「……おれは、そちらの女性には興味ないんだ」


 なんでだよ!

 ほんと勘弁してくれよ!?


 とにかく、繭からこのスキルを止めなければ!

 おれは武器がないし、それができるのは……。


「頼む、どうにかしてくれ!」


 おれは異常回復のスキルを、ハナに放った。

 彼女の身体に電流が走ったようになり、苦しげにうめきだす。


「ううっ、くそ頭、痛え。ガンガンするし……」


 くそ、スキルの抵抗が強い。

 これじゃあ正気に戻ったとしても、火炎スキルを撃てるかどうか……。


「どこを見ているんだい? ほら、こっちを」


「うわああ! 待って待って、おれには恋人が……!」


「そんなの、おれが忘れさせるよ」


 王子さまかよ!

 さっきまでの腰の低い態度はどこに行ったんだよ!?


 あ、でも待って、そんな……、ちょ、そんなことを!?


 ……ああ、ダメだ。

 もう、おれは主任に顔向けができない。


「ぐ、くああ……!」


 うめき声に、そちらに目を向ける。


 ハナが怒りに任せて、腕を振り上げた。


「うりゃあああああああああああ!!」


 途端、ゴウッと火炎スキルが展開される。


「どらくそがああああああああああああああ!!」


 その火炎が、繭に向かって飛び掛かった。

 直撃すると、一瞬で火だるまと化す。


 ――と、催淫スキルが停止した。


「ハッ。ま、牧野、わたし、なにを……」


 主任がこちらを見て――固まった。


「……あんた、なにしてるの?」


 おれは半裸に剥かれた状態で、不動産のひとに押し倒されていた。


「い、いや、これは、説明を……」


「おれたちの間に、説明なんて不要だろ?」


「あんた、いつまでスキルにかかってるんだよ!?」


 と、ハナが叫んだ。


「ちょ、おい! そんなことやってる場合じゃねえし!」


 え、とそっちに目を向ける。


 炎が収まったあと――。


 ぼろぼろになった繭から、ひとの腕が伸びていた。


「いけない! 主任、助けますよ!」


 即座に回復スキルを展開しながら、その繭の隙間を押し広げる。


 そうして、そこに収まっていたものに、おれたちは言葉を失う。


 それは、幼い少女の姿をしたものだった。

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