41-5.格安物件には理由があって
押し入れのダンジョンに降り立った。
広さとしては、皐月さんの『ガリバー』の空ダンジョンと同じくらいか。
ただ問題は、奥への通路がふさがれておらず、いつモンスターが出てくるかわからないということだ。
「協会の調査では、モンスターは発見されなかったんですよね?」
「はい。ただ、どれだけの規模かわからないので、あるいは……」
「……なるほど」
そんなものの管理を一般人に任せるとは、ここを担当したハンターは本当にずぼらというか、なんというか。
「これまで、モンスター絡みの事件などは?」
「いえ、一件もございません! 確かにダンジョンと聞くと倦厭する方も多いですが、プライベートルームがついているとお考えくだされば!」
ぐいぐいくるな。
確かに実際にダンジョンを見たいとか、望みあるように思っちゃうだろうな。
こんなところ、さっさと契約してしまいたいだろうし。
確かに魔素の感じからして、モンスターがいないのは本当のことだろう。
これだけの空間がついて、かつ他の部屋よりも格安。
となると、お得のようにも思える。
……とは言ってもだ。
プライベートルームとはいっても、電子機器は持ち込めないし、ソファなどの大きなものも費用が掛かる。
このただっ広い空間に、それほどの魅力があるとは思えないんだけど……。
「ねえ、いいじゃない。ここならペットの散歩だってできるし、運動スペースとしても使えるでしょ?」
主任はがぜん気に入ったようだった。
「いや、冷静に考えてくださいよ。こんなところ、絶対に邪魔になるだけですって」
「そんなことないわよ。ここなら新しい武器だって試せるし、施設に行かなくてもスキルの練習ができるじゃない」
「そりゃ、主任はそうかもしれないですけど……」
……まずいな。
こうなるのはわかっていたんだから、内覧とかしなきゃよかった。
「それに、ここならあんたもBBQできるわよ」
「…………」
……あれ。
そんなに悪いようにも見えなくなってきたぞ。
いやいや、冷静になるんだ。
どうせそんなの、後片づけが面倒だってやらなくなるに決まってるんだ。
と、はしゃいでるのがもう一人いた。
「いえーい。もうここでいいじゃーん」
ダンジョン育ちのハナは、それはもう楽しそうだった。
「いや、なんでおまえが決めるんだよ」
「ええ!? あたしだって権利あるっしょ」
「ねえよ! なんでそうなる!」
がーん、とハナがショックを受ける。
「冷たくねー?」
「冷たくないよ。源さんが旅行から戻ったら、おまえも北海道に帰るんだろ?」
「え?」
「え?」
……なんだ、いまの間は?
「いやほら、源さん、旅行のあと海外にある別のダンジョンでしばらく仕事するらしいし?」
「なんだ、それ! 聞いてないぞ!?」
「あ、そうだ。あんたがいきなりエロいことしてきたから言い忘れたっしょ!」
「いやいや、ひとのせいにすんな!」
そして主任も睨まないで!
あれはほんとに事故なんです!
ぐいっと耳を引っ張られる。
「ちょっと、牧野。どうするの?」
「いや、それはあとで源さんに連絡してみないと……」
でもあのひと、普通は連絡つかないんだよなあ。
皐月さん経由なら、なんとかなるのか?
それでも旅行中だし、返事が来るまでどれだけかかるかわからない。
「あのう、いかがでしょうか?」
置いてけぼりになっていた不動産のひとが、期待を込めた目を向けてくる。
「…………」
ど、どうする?
いや、冷静に考えてナシに決まっているだろう。
このダンジョンもいつ消滅するかわからないのに、そんな……。
「いまでしたら、敷金や礼金なども、いくらか都合をつけることもできますが……」
「ぐっ」
心の中の天秤が、ぐらりと傾く。
「……あれ?」
ふと、空気中の魔素が震えたような気がした。
「牧野、どうしたの?」
「……いま、モンスターの気配がしたような」
「ええ!?」
不動産のひとが、顔を真っ青にした。
「い、いえ! わたくしどもは決して、嘘などは……」
とはいっても、本当にそうなのだからどうしようもない。
探知スキル『エコー』発動!
魔力が反響し、通路の向こうにある物体を捉えた。
その形状を確認して、おれは驚く。
「……なんだ、あれ?」
それを確認するために走り出した。
「ま、牧野!?」
やがて通路の奥で、それを発見する。
「…………」
うしろから主任たちも追いついた。
「ちょっと、装備もないのに、危な……、え?」
主任もまた、それを見て固まった。
そこには、あまりに巨大な繭があったのだ。
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