41-3.そのころ彼女は


「へえ。源さんがねえ」


 上着に袖を通しながら、おれはハナから話を聞いていた。


 あの源さんが男のひととハワイ旅行かあ。

 なんか想像できないな。


 いやいや、確かに美人だし、これまでそういう話がなかったのが不思議なくらいだけど。


「でも、あの疾風迅雷のリーダーとは思わなかったな」


「なんかあー。あのとき妹ちゃん? を引き取りに行ったとき、ひとめ惚れしちゃったらしくてえー?」


「ふうん」


 いつ出会いがあるかわからないもんだな。


 ……ん?


「あれ。源さん、妹さんいたの?」


 てことは、あの黒ずくめ兄さんといっしょにいた子か?


 ……え、待った、待った。

 つまり、おれのことタラシだなんだって吹き込んだの源さんなの?


 いやいや、おれなにもしてないじゃん!

 今度、会ったときちゃんと確認しないとな。


「牧野。もう行くわよー」


 玄関のほうから、主任の声がする。


「はい。こっちも着替え終わりました」


 支度を済ませると、おれたちはテレビを見ているハナに言った。


「じゃ、ハナ。留守番、よろしくな」


 するとハナが首をかしげる。


「え。なにが?」


「おれたち、いまから出かけてくるから。誰か来ても勝手に出ちゃダメだぞ」


「ええーっ! せっかく来たのに、それはないっしょ!」


「いや、そもそも勝手に来たんだろ」


 なぜおれたちが悪いように言う。


「わたしも行くし!!」


「ダメだって。おまえには関係ないことなんだから」


 ここならともかく、外でまでこいつの面倒は見られないよ。


「やあーだあー! いっしょ連れてけよ――――!」


 その場でごろごろ転がりながら連れてけアピール全開だ。


 ……駄々っ子かよ。


「いや、どうせ来てもヒマだぞ?」


「でも留守番よりマシっしょ」


 ここは心を鬼にして。


「悪いけど、これ大事な用事だからさ」


「……ハア。しゃーねーなあ」


 よし、納得してくれたようで……。


「つまんねーし、エロ本でも探そーっと」


「待てこら」


 がしっと肩を掴む。


「……うちにはそんなもの、ありません」


「えー。そんなすぐわかる嘘、無駄だし」


「な、なんでそう思うのか、根拠を提示してもらいましょうか」


「だってえー、向こうのアパートで見つけたし。ぜってえ、こっちにもあるっしょ」


「なっ!?」


 振り返るが、主任は携帯をいじっていて、こっちを見てはいない。


 おれは顔を近づけると、小声で聞いた。


「……い、いつ?」


「あんたがこっち戻る一週間くらい前? 向こうでもクローゼットの右の段ボールだったし、こっちもいっしょじゃね?」


 ぎくり。


「でもびっくりー。あんた、意外とああいうのは貧乳派……もがっ」


 慌てて口をふさいだ。


「……お、おまえ、いっしょ来るか?」


 にやあ、と笑った。


 その瞬間、勝敗は決した。


「あたしー、代官山のロールケーキ食べたあーい」


「……ち、近場でお願いします」


「チッ。しゃーねーなあ」


 ご機嫌に鼻歌を口ずさみながら、ハナが玄関へと歩いて行った。


「ほら、はやく行こーぜえ」


「…………」


 おれが歩いていくと、すでにあいつは外に出ていた。

 部屋の鍵を閉めながら、主任が聞いてくる。


「あら。おハナちゃんも連れて行くの?」


「ま、まあ、勝手に部屋を荒らされたら困りますからね。アハハ……」


 そう言って、おれは主任の訝しげな視線から顔を逸らすのだった。


 ほんと勘弁してほしい。



 …………

 ……

 …



 ――そのころ、九州のとある牛丼チェーン店。


「はあああああ」


 いつものカウンター席で、司がうなだれていた。


「司ちゃん。制服、汚れるよ?」


「だってー。ハイドさんいないんですもーん。退屈ですよー」


「司ちゃん、ほんとハイドさん好きだよねえ」


「はい! だって格好いいですもん!」


「アハハ……」


 店長はいつのものAセットを置いた。

 半熟卵に醤油をたらしながら、司がぶーぶー文句を言う。


「わたしもハワイ行きたかったー」


「学校があるんだし、しょうがないよ」


「でも、どうしてハイドさんとお姉ちゃんがいっしょにハワイ旅行なんですかあー」


「え!? あ、いや、どうしてかなあ」


 店長は目を逸らした。

 あの夜、司はハイドの背中で眠っていたから知らないが、店長はその一部始終をばっちり見ていたのだ。


「なーんか、ハイドさんも怪しいんですよねえ。あのトーナメントから、やけにお姉ちゃんのこと聞いてくるし、お姉ちゃんもハイドさんの写真送れって言うし、なんでしょうかねえ。ねえ、店長? 知ってます?」


「い、いや、知らないなあ。どうしてだろうねえ」


 ……これ、二人の関係を知ったら怒るだろうなあ。

 ていうか美人姉妹の板挟みとか、ラブコメの主人公かよ。


 店長はそう思ったが、決して口にはしなかった。


 すると、ぴこーんと司が閃いた。


「……あ、もしかして!」


「あ、いやいや! 決して司ちゃんが思ってるようなことは……!」


 すると、彼女は目を輝かせながら言った。


「これもしかして、お姉ちゃんとハイドさんで、お土産のマカダミアナッツ二つもらえる流れですか!?」


「…………」


「あれ? どうして店長、そんな優しい笑みを浮かべてるんですか? このジュース、わたし頼んでませんよ? え、サービス? わーい、やったー」


 この店は今日も平和だった。

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