主任、新居を探しましょう

41-1.もうこれ要員


 それは突然の出来事だった。


 ――ピンポンピンポーン!


 なんだ、休日のこんな朝っぱらから……。


 おれは大あくびをしながら、玄関を開けた。


「はーい、はい。どちらさまで……」


 ビシッと、赤毛のギャルっ子がポーズをとった。


「あたしが来たし!!」


 ――バタン


「ふあああ」


 ……いけない、いけない。

 いくら仕事が忙しくて寝不足だからって、幻覚を見るようになっちゃお終いだ。


 しかも主任じゃなくて、おハナちゃんとか。

 うーん、なんかの前兆ってやつかなあ。


 ベッドに潜り込むと、再び眠りの世界へ――。


「こーらあーっ! 寝てんじゃねえってば!」


 ゆっさゆっさ、と揺すられる。


 あ、やべ。

 玄関の鍵、かけ忘れてた。


 ていうか、なんで幻覚が話しかけてくるわけ?

 リアル志向も、やり過ぎは面白みに欠けるよ?


「……むにゃむにゃ。すみませんがチェンジで」


「デリヘルじゃねえし! ていうか、てめえに言われると無性に腹立つっしょ!」


「ああん?」


 すくっと身体を起こした。

 そのハナの幻覚をじーっと見つめる。


「…………」


「……な、なんだし?」


 しかしこの幻覚、すげえリアルだよなあ。

 マジでそこにいるような……ってか、いまおれのこと揺すってなかった?


 うーむ。


「えいっ」


「ひゃあっ!?」


 ほっぺたに触れると、ハナの幻覚がびくっと震える。


 ほら幻覚だ。

 本物がこんな可愛らしい声なんて出すわけないしな。


「……うーん。まあ、夢だしな」


「は? ちょ、なに言って……」


 こちょこちょこちょ。


「ふにゃあああああああ」


 首筋をくすぐると、なんとも甘い声で応える。


 いやあ、夢でよかった。

 現実でやったら、この瞬間に火だるまだよなあ。


「はっはっは。ういやつ、ういやつ」


「て、てめ、あんま調子にのってっと……うきゃああっ!」


 さらにわしゃわしゃとなで繰り回す。

 どうやら、尻尾のあった腰のあたりが特に敏感らしい。


 主任じゃないけど、確かにこうやってもふもふさせてくれるペットがいたら生活が潤うよなあ。

 でもさすがに、まだつき合って半年ちょいで同棲とかどうなの?

 世間のカップルってそんなもん?


 ……あれ。

 そういえば主任が昼から来るって言ってたな。

 いま何時くらいだろう。

 夢の中だけど、すっかり太陽は昇っているような……。


 ――ガチャリ


 ふと、玄関のドアの開く音がした。

 それがやけに耳障りで、その瞬間に冷静な思考が回り出す。


 ひょっこりと、主任が顔を出した。


「あ、あんた。やっぱり寝てたのね。休みだからって、いつまでも寝て、た、ら……」


 彼女の顔が凍りついた。


 おれの膝の上で服を着崩して、くったりとしているハナがいる。

 その感触はあまりに鮮明で――これが現実だと悟るには十分すぎるものだった。


「……う、うう。あたし、汚されたあ」


 主任の背後に、どす黒いオーラが立ち上る。


「あ、いや、こ、これ、は……」


「これは?」


「……夢の中から、ハナが現れて、おれのベッドに、その」


 にこり、と微笑んだ。


「言い残すことは、それだけかああああああああああああああ」


「すみませんでしたあああああああああああああ」


 休みなのに、なんだか寝起きからすごく疲れたような気がした。

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