【発売まであと1日】どうしてこうなった
かぽーん。
シシオドシが鳴った。
「ほら、牧野」
「あ、どうも」
徳利が差し出され、それに猪口を当てる。
とくとくとく。
その酒に口をつけると、熱い感覚が喉を通り過ぎた。
「あ、うまい。これ、前にここで飲んだやつだよな」
「そうだよ。帰るとき、また持たせてやろうか?」
「いいの? あ、あのときの金もいっしょに……」
「いいよ、そのくらい。本当なら、こっちがクエストの礼金を出さなきゃいけないからな」
「あ、そう」
まあ、そう言ってくれるなら。
「…………」
「…………」
いやいや。
ちょっと待て。
なにを納得してるんだ。
この状況はなんだ。
なぜおれは、温泉で寧々にお酌をされてるんだ?
「お、おい。まずいんじゃないのか?」
「なにが?」
「なにがって、おまえ、これ……」
こんなところ誰かに見られたら、主任に滅茶苦茶どやされるだろ。
「友だちなんだし、いっしょに温泉くらい当たり前だろ?」
「え、あ、そ、そう?」
……そうなのか?
いや、そんなわけないだろ。
なにを考えているかはわからないが、ここはビシッと言ってやらないと。
「……あ、あの、寧々」
「ん? あ、酒か? はい、どうぞ」
「あ、どうも」
いやん。
こういうとき、ほんとおれって小心者!
あまりに寧々が当然の顔をしているので、おれもつい黙ってしまった。
というか、男のおれだけ狼狽えているのが悔しい。
ちらと横目に見る。
もちろんバスタオルを巻いているが、彼女の身体のラインがしっかりと浮き出ていた。
ほんのりと赤みを帯びた頬に、血色のいい唇。
彼女が身じろぎするたびに、湯の香りになにか別の甘い香りが漂うようだった。
おれの視線に気づくと、寧々はそっと肩を抱くように身をよじった。
「……なに?」
「い、いや、べつに……」
な、なにか会話を……。
「た、タオル、浸けたらまずいんじゃないの?」
すると寧々の目がキラリと光る。
「……へえ?」
そう言って、自分のバスタオルをつまんだ。
「もしかして、脱いで欲しいわけ?」
「そ、そういう意味じゃない! すまん、おれが悪かった!」
慌てて目をそらした。
うあああああああ。
心臓に悪い……。
「あっはっは。おまえ、そういうとこ変わんねえなあ」
どうやら、からかわれているだけのようだった。
いやいや。
それでもだ。
「で、でもさ、もし他のお客さんが入ってきたら大変だろ」
「大丈夫、大丈夫。今日はおまえらのために貸し切りにしてあるから」
「え、でも表に、男湯の時間って下がってたぞ」
「はあ? そんなはずは……」
そのときだった。
――ガラッ
時間が止まったような気がした。
湯に浸かっているのに、冷や汗がだらだら流れている。
おれは恐る恐る、脱衣所のほうを振り返る。
「…………」
そこには、バスタオルで胸元を隠した主任が立っていた。
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