【発売まであと2日】ここからが本番だ


 おれは強化スキルを展開すると、慌てて温泉から飛び出した。


 しかし、間に合わない。

 おれの伸ばした手は、すんでの所でトキシックボアの尻尾を掴み損ねた。


 美雪ちゃんが盾を割り込ませようとするが、やつはそれを軽々と弾き飛ばした。


 先ほどの雌とは違い、完全なパワータイプのようだ。

 寧々の糸では、あの攻撃は防ぐことはできない。



 その牙が、寧々を捉えようとした刹那――。



「どりゃあああああああああああああああああああ」


 突如、寧々のうしろから影が飛び出してきた。


 ――ガキィ――――ン!


 主任が大剣を振り上げ、トキシックボアの牙を受け止める。

 しかしその勢いは止まらずに、のけ反って押し倒される形となった。


 主任の身体を締めつけようと、トキシックボアが動く。


「させるかあ――――っ!!」


 その身体に、うしろから剣を突き立てる。

 剣の柄を足で踏み込みながら、その身体を両断した。


 ギチギチと肉が裂け、その攻撃にトキシックボアが暴れる。

 しかしやつの身体は、女性陣の三人が盾の上から押さえつけていた。


 やがてその身体から力が失われた。

 おれはほっと息をつくと、それぞれの怪我を確認する。


「寧々、無事か?」


「お、おう」


 そして、温泉から上がった眼鏡ちゃんにも声をかける。


「まあ、こんな感じだけど。ネタにはなりそうかな」


「はい! もちろん!」


 その笑顔の裏に、なにか薄ら寒いものを感じたのは、気のせいだろうか。



 …………

 ……

 …



 その夜――。


「マキ兄! ちょっと、こっちの話、聞いてる!?」


 アルコールで顔を真っ赤にした美雪ちゃんが、寄りかかってくる。

 さっきから、大学があーだ、お父さんがこーだ、と絶え間ない話が続いていた。


 ……そういえばこの子、すごく酒癖が悪かったんだよなあ。


「き、聞いてるって」


 首に腕が回り、ぎゅーっと締めつけられる。


「うそ、さっきから返事が適当じゃん!」


 ……うーん。


 トキシックボア討伐の完了を祝って、寧々の宿から豪華な食事が振る舞われた。

 最初はわいわい飲んでいたのだが、一時間もすればこれである。


 すると、眼鏡ちゃんがカメラでこっちをムービーに撮っていた。


「……なにしてるの?」


 キラリン、と眼鏡が輝く。


「原稿のネタに。あと、わたしがモデルを忠実に再現しているという証拠に」


「お、怒られるんじゃないかなあ」


 すると、ぐいと身体を引き寄せられた。


「ほらマキ兄、ピースピース! いえーい!」


「…………」


 知ってる。

 これあとでおれが非難されるやつだ。


 ふと、向こうから視線を感じた。

 ちら、と目を向ける。


 じい――……。


「…………」


 主任が非常に剣呑な視線を向けてきていた。


「あれ。ラブコメ師匠、どこ行くんですか?」


「ちょ、ちょっと温泉、行こうかなあって」


「あ、ちょっとマキ兄! 逃げるな!」


 おれは部屋に戻ると、浴衣を持って浴場に向かった。


 はあ、やれやれ。

 あのままいたら、主任になんてどやされるかわかったもんじゃない。


 ……そういえば、寧々はまだかな。

 食事の前に風呂入ってくるって言ってたけど……。


「お、ここか……」


 この宿の目玉の一つ。

 魔素によってお肌もつるつるな大浴場だ。


 ただし、一つしかないから時間制で男女交代らしい。


『現在、男湯の時間です』


 お、ラッキー。


 おれはそっちに入ると、いそいそと浴衣を脱いでいく。

 おや、浴衣があるってことは、先客がいるな。


 そしてガラリと、露天風呂の戸を開ける。

 さっと身体を洗うと、温泉に浸かった。


「はあああ。最高だなあ」


 ちゃぷ、と向こうで湯が弾いた。

 ああ、そういえば先客がいたんだっけ。


「あ、どうも……。あれ?」


 湯煙の向こうを見て、おれは固まった。


「……ま、牧野?」


 寧々が、呆然とした顔でこちらを見つめていた。


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