【発売まであと6日】ようこそ、小池屋へ


 その次の週末。

 おれたちは、静岡のほうまで足を伸ばした。


 久しぶりに訪れた温泉街から、タクシーで三十分ほど。

 山の中にたたずむ、閑静な温泉宿に到着した。


「こんにちはー」


 おれたちがタクシーから降りると、仲居さんが迎えに出てきた。


「ようこそ、おいでくださいました」


「よろしくお願いします」


 やってきました、ダンジョン『小池屋』。


 今日はここで、寧々のクエストを手伝うことになっている。


 ……のだが。


「わっはあ――――っ! ここがあのダンジョン温泉ですか!」


 おれのうしろでパシャパシャ写真を撮っている眼鏡ちゃん。


 おれが寧々からクエストを受けたのを知って、ついてきてしまったのだ。

 まあ、美雪ちゃんもいっしょだし、問題はないと思うけど。


「今回は、どんな感じにするの?」


「そうですねえ。せっかくだし新キャラとか出したいですよねえ」


「新キャラ?」


「できればヒロインのライバル的な」


「ヒロインの?」


 そういうの、普通は主人公のライバルじゃないの?


 旅館の中に入ると、奥から着物姿の寧々が歩いてきた。


「チース。今日は悪いね」


「……おまえ、せめてその格好のときは言葉遣いを」


「いいじゃん。あれ。黒木は?」


「主任は本社に寄ってくって。あとで合流するから」


「了解、了解。じゃあ、さっそくだけど……」


 と、寧々の前に眼鏡ちゃんが立った。


「え。な、なに。おまえ……」


 じーっと寧々を見ている。


「あなた、こちらのラブコメ師匠のお知合いですか」


「え。そ、そうだけど、なに?」


 おい、誰のことか聞かないの?


「ご関係は?」


「だ、大学の友人だよ……」


 すげえ寧々を見てるな。

 なにかインスピレーション的なものが湧くのかな。


「なにこいつ?」


「その子、美雪ちゃんの友だちで、ダンジョンの本を書いてるひと。今回、ここをモデルにしたいんだって」


「あー。こいつが?」


 あれ?


「知ってるのか?」


「うん。うちの仲居が回し読みしてたからさ」


 にやにやしながら、美雪ちゃんの肩に手を置いた。


「あのヒロイン、おまえと黒木がモデルなんだろ?」


「う、うう……っ!」


 なぜか美雪ちゃんがたじろぐ。


「……美雪ちゃん、どうしたの?」


「わ、わたしは痴女じゃない!!」


「え、なに急に?」


 すると彼女から、ビシッと指をさされる。


「いい、マキ兄!? いきなり胸を揉まれて喜ぶ女なんて、この世にはいないんだからね!」


 いや、そんな当然のこと言われても……。


 すると眼鏡ちゃんが反論する。


「えー。でも美雪、よく飲み会で酔っ払ったとき、マキ兄だったらいつでもオッケーとか言ってるじゃ……」


「わあーっ! わあーっ! わあーっ! もうその話はいいから! ほら、さっさと行こうよ!」


 眼鏡ちゃんは、美雪ちゃんに引っ張られて行ってしまった。


 くっくっく、と寧々が笑っている。


「いやあ、あの眼鏡女、美雪のことよくわかってんじゃん」


 あんまり年下をいじめてやるなよ……。


「ところで、クエストってどんなの?」


「あ、そうだ。なんかヘビ型の亜種が出てさ。それの討伐を……」


 ああ、なるほどね。

 まあ、せっかくの休日だし、さっさと終わらせて温泉でも楽しませてもらおうか。


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