40-完.ハザード


「主任、大丈夫ですか?」


 へたり込んでいる彼女に手を差し伸べる。

 彼女は目をぱちくりさせていたが、やがて我に返ったようだった。


「び、びっくりしたあああ」


 はあっとため息をつきながら、おれの手を取る。


 ……が。


「あ、あれ……」


 彼女はぺたんと座り込んだまま動かない。


「どうしました?」


「……あ、歩けない」


「…………」


 どうやら、腰を抜かしてしまったらしい。

 まあ、なかなかショッキングな光景だよなあ。


 彼女に背中を向けて屈み込んだ。


「どうぞ」


「あ、ど、どうも」


 言いながら、そっと肩から首に手を回してくる。

 彼女の体重が、そっと背中にのしかかった。


 ――むにん。


「…………」


「ちょ、ちょっと、牧野」


「な、なにも考えてませんよ。そんな、いまさら主任の胸で動揺するおれじゃ……」


「ダダ漏れじゃないの!」


 ぺしんと頭を叩かれた。

 いやいや、だってこんなの、しょうがないだろ。


 のろのろと安全な道を歩きながら、『KAWASHIMA』まで戻っていった。

 やがて横穴から出ると、エスケープの効果範囲内になる。


「さて、それじゃあ……」


 と、そのときだった。

 みーみーと、足元で鳴くもふもふがいた。


「あれ。もしかして、ついてきたんですか?」


 すると主任が、目をキラキラさせながら降りる。


「きっと懐いちゃったのよ」


「そ、そんな馬鹿な……」


 しかし彼女の言葉通り、もふもふがすり寄ってきた。


「え、マジですか」


 確かにモンスターの中には、人懐っこいタイプもいるって聞くけど……。


 すると主任が、そいつを抱きながら言った。


「ここにいても、またモンスターに襲われちゃうわ。ねえ、持って帰りましょうよ」


「い、いやいやいやいや。あのですね、それは仮にもモンスターで……」


 じーっと、二対のつぶらな瞳がおれを見つめる。


「う、うう……!」


 そ、そんな目で見ても、おれは決して屈しは……!


 うるうる。


 ……ぎゅっと拳を握った。


「モンスターは魔素のないところでは生きられません。向こうに持って帰るのは無理です」


「…………」


「……だから、第一層に放しましょう。そこなら、危険なモンスターに襲われることもありません」


 主任ともふもふの顔が、パッと明るくなった。


「やった! 牧野、優しいんだから!」


「……美雪ちゃんには内緒ですよ」


 まあ、そうしたら、たまには遊んでやれるからな。

 主任のペット飼いたい衝動も、それで満足してくれるなら越したことはないし。



 …………

 ……

 …



 そして一週間後――。


「あれ?」


 なぜか『KAWASHIMA』が臨時休業になっている。

 そのくせ、さっきから忙しなくプロハンターらしきひとたちが出入りしていた。


 と、見覚えのある女の子が。


「……美雪ちゃん。どうしたの?」


「あ、マキ兄! ごめんだけど、しばらく入れないから!」


「それはわかるけど、なにがあったの?」


 すると彼女は、珍しく本気で焦った様子で答えた。


「それが一週間前から、第一層に見たこともない凶暴なモンスターが出現して、緊急クエスト出てるの!」


 え?


「そ、それ、どんなやつ?」


「えっと、先遣隊の報告だと、でっかい獣型のモンスターで、第一層のモンスターを食い荒らして進化してるって――あ、呼ばれてる! もう行かなきゃ! じゃ、また今度ね!」


 美雪ちゃんの背中を見つめながら、おれたちは呆然としていた。


「…………」


「…………」


 おれたちは顔を見合わせ、にこりと微笑む。


「みんなには内緒で」


「うん。そうね」


 後日、寧々にバレて一ヶ月ほど出禁になりました。

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