40-2.男ってこんなもん


 主任がうちに泊まるようになって、当然ながら彼女の私物が増えた。

 私服とか、歯ブラシとか、コスメとか。


 その中でも、とびきり大きなものがある。


 普段は彼女用の布団の上に置かれている、でーっかい犬のぬいぐるみだ。

 とても不細工な顔だけが特徴の、これといって可愛くもない一品だ。


 主任がそれを抱きながら、じーっとテレビを観ている。

 その画面では、都内の猫カフェの映像が流れていた。


『きゃー。可愛いですねえ』


 レポーターが手を差し出すと、それに寄ってきた猫がぺろぺろと舐める。


 さすがひとに媚びることで糧を得ている動物だ。

 よく訓練されているなあ。


「…………」


 主任がそれを、機嫌の悪そうな顔で睨みつけている。

 おれは気づかないふりをしながら、ノートパソコンでカタカタ仕事をしていた。


 ……うーん。

 ココアはそろそろ、アイスがいいかなあ。


「……牧野」


 ふと、主任がドスのきいた声で呼んだ。


 パソコンから顔を上げると、彼女がじっとこちらを睨んでいる。

 そんな彼女に向かって、おれはにこりと微笑んだ。


「ダメです」


「ま、まだなにも言ってないじゃない!」


「わかりますよ」


 動物の番組が流れるたびに、あんなに物欲しそうな顔をされちゃ当然だろ。

 まあ、他のひとにはキレてるように見えるんだろうけど。


 うーっと主任がぬいぐるみに顔を埋めながら、こちらを上目遣いに見る。


「ペット飼いたい……」


「ダメです」


「な、なんでよ」


「おれたち、どっちも帰りがまちまちじゃないですか。環境が整っていないのに飼うってのは無責任ですよ」


「で、でもでも! そういうのでも大丈夫なペットもいるでしょ?」


 猫とか猫とか猫とか。

 彼女の目が、それを強く訴えかけている。


「いや、そもそも、ここペット禁止じゃないですか。主任のとこだって、そうでしょ?」


 それでも飼えるとなると……。


「あ、魚とかは?」


 これなら世話の頻度は少ないし、モーター音とかに気をつければ近所にも……。


「そ、それはやだ……」


「どうして?」


 すると主任が、恥ずかしそうに目をそらした。


「だ、だっこしたい」


「…………」


 なるほどな。


「じゃあ、無理です」


「う~~~~……」


 すると彼女は、ぎゅっとぬいぐるみを抱く腕に力を込める。


「じゃあ、引っ越しましょうよ」


「は?」


「ペット大丈夫なところ、探しましょう」


 また無茶なことを……。


「あの、おれの給料じゃ、ペット可のところはちょっと辛いですよ。そもそも、主任だって毎日、うちに来るわけじゃないでしょ?」


 基本的に週末を過ごすだけなのに、おれだけでどうやって世話をしろと……。


「いっしょに、住みましょうよ」


 え?


 おれが呆けていると、彼女はぬいぐるみの尻尾の部分をつまんで引っ張る。


「二人なら、その、家賃も心配ないし、もうちょっと、広いところだって……」


 そうやって、ちらとおれの様子をうかがった。


「……ダメ?」


「えっと……」


 ダメってことは、もちろんない。

 でも、それってつまり……。


 ――ピリリリリ!


 どっきーん。


「は、はい牧野です!」


 携帯口で、美雪ちゃんが不思議そうに言う。


『マキ兄、どうしたの? まるで彼女から婚約を匂わせられて戸惑ってるところに救いの電話がきたみたいなテンパった声だしてさ』


 やだこの子こわい!


「い、いや、そんなことは……。ていうか、どうしたの?」


『いや、今度さー……』


 横目に様子をうかがうと、主任が今度こそ不機嫌そうに、テレビに目を戻していたのだった。

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