39-9.なんてさりげない伏線回収だ


「ダメって、どういうことなんですか?」


 笹森ちゃんは、だいぶ落ち着いてきたようだった。

 けど、こればかりはもう……。


「二週間前のこと、覚えてる?」


「二週間前?」


「会議に向かうとき、おれがこの会社について注意することを言ったはずだ」


「え、それは……。あっ」


 すると彼女は思い出したようだった。

 慌てて手帳を確認する。


「今日、休業日……?」


「この会社は、各種イベントへの資材発注をメインにしている。自然と土日が派遣の日に被るから、今日が休業日に設定されてるんだ」


「で、でも、サインをもらうだけなら、なんとか……」


「笹森さん。こっちのミスで、契約書が遅れたんだ。そのために、取引先に迷惑をかけるわけにはいかない」


「…………」


 手配だけはできているから、のちほどサインをいただくという形もある。

 でも、それだと渡辺さんが納得してくれない。


「わ、わたし、すぐにそちらに……。なんとか会ってもらえるように……」


 勇み足になっている彼女を制止する。


「……それは、おれがもうやった」


「え?」


 確かに取引先に迷惑をかけるのはいけない。

 でも、いまは緊急事態だ。

 今回の工事が中止されれば、そちらにだって損失がある。


 でも――。


「今日、責任者が別のイベントに出張っていて、東京にいらっしゃらないんだ」


「そんな。じゃあ、どこに……?」


「東北のほうだ。戻ってくるのは、週明けらしい。こちらから出向けばサインと捺印は可能とおっしゃっていたけど、いまから新幹線で向かっても往復で五、六時間はかかる」


 そうなると、渡辺さんの指定した時間には間に合いそうにない。


「…………」


 彼女の表情は暗い。


 ――おれも主任に会うまでは、こんな顔だったような気がする。


 もともと自分でまいた種だ。


 ギリギリまで粘ってみるか。

 それにこのままじゃ、主任に本当に愛想を尽かされちゃうからな。


「笹森さんは工事の中止の手配を進めておいて。おれが戻ったら、すぐに通達できるようにね」


「ま、牧野さんは?」


「おれは、もう少しだけ粘ってみる」


「ね、粘るって、そんな……」


 おれは元気づけるように、彼女の肩を叩いた。


「たまには先輩を信じてくれよ」


「…………」


 彼女は小さくうなずいた。



 …………

 ……

 …



 おれは会社を出ると、『KAWASHIMA』へ向かった。


「あれ。マキ兄。どうしたの?」


「美雪ちゃん。あの通路を使わせてほしい」


 事情を聞いた彼女が、その表情を凍りつかせた。


「……む、無理だよ!」


「頼む。すぐに出発しないと、それでも間に合うかギリギリなんだ」


「…………」


 美雪ちゃんが、小さくため息をつく。


「ハア。わかったよ。お父さんには内緒にしててね」


「ありがとう」


 おれは支度を済ませて、彼女とともにダンジョンに降り立つ。

 先日、主任と通った結界の場所へとやってきた。


「ここから先は、わたしたちは一切の責任を持ちません。同意しますか?」


「はい」


 その同意によって、剣についた魔晶石が輝きを失った。

 これで、エスケープは使用できない。


 美雪ちゃんの解除装置によって、結界の先の通路が現れる。


「気をつけてね」


 先の見えないほど長い洞窟の向こうから、おぞましいうめき声が聞こえる。


「よし。やるか」


 期限まで、あと四時間。

 ……タイムトライアルは、苦手なんだけどな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る