39-5.なんてさりげない伏線だ


 即答だった。

 意外だな。こういう部分、主任ってけっこう情に厚いし。


「主任、もしかして苦手なんですか?」


「もちろん可愛い後輩だと思ってるわ。でも、そこでわたしが出張るのはどちらのためにもならないでしょ」


「どちらのって?」


「笹森にも、あんたや他の社員にも」


「どうしてですか?」


 仕事なんだから、関係は円滑なほうがいいだろ。


「わたしが表面上の問題を解決するのは簡単だわ。でも、それじゃ結局、根本の問題はそのままよ」


「根本の問題?」


「……あんた。学生のころに喧嘩したとき、先生が出張って仲裁したらどう思った?」


「え。まあ、……あまりいい気はしないですよね」


 どちらの意見も聞いて、先生はどちらの欠点も指摘して「お互いさまな。だから仲直りしろ」と言うだろう。

 でもいま思えば、それは結局、どっちの肩を持つことのできない大人の事情というやつだとわかる。

 すべてがそんな茶番で納得できるほど、おれたちは精神的に成熟していないのだ。


 もちろん社会人になったからといっても、それは変わらないんだろう。


「それと同じってことですか?」


「そういうこと。立場が上のものが割り込めば、それは仲介じゃなくて命令よ。もちろん、それも会社を動かしていくためには大事なことなの。でもね、それは結局のところ、本人たちの間にしこりを残したままよ」


「…………」


 遠回しに、おれが解決するべきと言いたいんだろうな。


 でもなあ。

 嫌われているひとに関わっていくのは体力がいる。

 笹森ちゃんも、そのうち本社には戻るだろうしな。


 所詮、今回だけのチームだと言えばそれまでだ。

 笹森ちゃんの人生など、知ったこっちゃない。

 実際、相沢さんや岸本はその選択をしている。


「…………」


 これは、笹森ちゃんの問題だ。

 まあ、今回の企画が終われば、向こうも関わってこようとは思わないだろう。


 そう思っていると、主任が袖を引いた。


「あら。牧野?」


「なんですか?」


「これ……」


 見ると、不思議な光景があった。

 壁に半分だけの穴が空いているのだ。

 その先は、長い通路が伸びている。


「あ、結界がずれてますね」


「どういうこと?」


「ここから先に、別のダンジョンがあるんですよ。だから、結界で塞いでるんです。あとで美雪ちゃんに言っておかなきゃ」


「ええ!?」


 まあ、普通はみんな知らないからな。


「去年のGWに、九州でザビエル討伐に参加しましたよね。あのとき、ひとつの空間にふたつのダンジョンがあったの覚えてます?」


「ええ。覚えてるわよ」


「実はあれ、けっこうあるんですよ。ここは東北のほうのダンジョンだったかな」


「ふうん」


 まあ、普通は使われてもらえないんだけどね。


「じゃあ、今日はそろそろ戻りましょうか」


 こうして、おれたちは再び日常へと戻っていった。

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