39-3.またヒロイン不在…


「笹森さん。これ、前回の資料だよ。目を通しておいて」


「はい。わかりました」


 笹森ちゃんはそれを受け取ると、さっと読んでいく。


「……あの、牧野さん」


「なに?」


「この資料の不備についてですが……」


「え。マジで?」


 指さされたところを見ると、確かに数字のミスがあった。


「こんなものを残されると迷惑なんです。すぐに訂正してください」


「あ、ご、ごめん。ちょっと気づかなかったよ。あとで時間あるときに……」


「いますぐ直してください」


「……わ、わかった」


 机に戻って、パソコンからデータを探した。


 うーむ。

 情けねえなあ。


 でも、確かに次の世代の後輩がこれを使ったとき、問題になるかもしれないし。


「いやあ、絞られてんねえ」


 岸本がからから笑った。


「可哀想だねえ」


「そう思うなら、代わってくれない?」


「まあ、おれはいいんだけど……」


 ちら、と彼女のうしろ姿を見た。


「どうしたの?」


「いや、おれ、笹森ちゃんからNG食らってるから」


「は? どうして?」


「あの子が来たときの最初の仕事でいっしょだったんだけど、そのときにやらかしちゃったんだよねえ」


「なにを?」


「ちょっと軽い気持ちでスキンシップを図ったら、バシーッとほっぺに一発」


「……おまえ、勘弁してよ」


 笹森ちゃんが仕事場でツンケンしてるのって、もしかしてこいつが原因じゃねえだろうな。


 すると向こうから、笹森さんが呼んだ。


「牧野さん!」


「な、なに?」


「こちらのミーティング、もう時間です!」


「ご、ごめん!」


 おれは慌てて立ち上がった。


「いってらー」


「…………」


 のんきな岸本を睨みながら、慌ててオフィスを出て会議ブースへ向かった。


 小柄な笹森ちゃんは資料を抱えて、えっちらおっちら歩いている。

 それが危なっかしくて、つい声をかけた。


「……持とうか?」


「いえ。結構です」


「でも……」


「大丈夫です」


 まあ、そう言うならいいんだけど。

 もうちょっと適度に頼ってくれたほうが、後輩って可愛いよねえ。


 まあ、ダメ先輩が言っても説得力ないんだけど。


「あ、そういえば……」


「なんですか?」


「今回の仕事でお世話になる資材の発注元だけど、あそこ他のところと営業時間が違うから、気をつけておいてね。契約書とか……」


「そのくらい、言われなくてもわかっています」


「いや、でもちゃんと確認を……」


「大丈夫だと言ってるんです」


「…………」


 さいですか。


 うーん。

 まあ、仕事が無事に済めばいいんだけどさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る