21.5-完.しようぜ、DOGEZA!!


「……まあ、なにが起こったのかはわかったけど」


 主任が呆れ返っている。


 おれはその前に土下座して、深々と頭を下げていた。


 おれたちの中心にあるのは、あの繊維の塊。

 もはやカーペットと呼ぶには無理がある。


「あの、すみませんでした。せっかく主任に選んでもらったのに、こんなことになるなんて……」


「…………」


 主任は冷たい目でおれを見ていた。


 ……怒られるかな。


 それは当然か。

 彼女だって、自分が選んだものをこんなことにされては……。


「……もう。そんなこと気にしてたの?」


「え?」


 主任は、ハア、とため息をついた。


「……怒ってないんですか?」


「馬鹿ねえ。そのくらい、洗えば済むことじゃない」


「で、でも……」


「少し色が落ちたって、使えなくなるわけじゃないわ。それとも、わたしってそんなに度量の小さい女に見えるのかしら」


「い、いえ。そんなことは決してないっていうか、そもそもおれが悪いので……!」


 おれが慌てて否定すると、彼女はなにか笑いをこらえている。


「もう、冗談よ。それじゃあ、わたしがいじめてるみたいじゃない」


「あ。す、すみません」


 どうやら、からかわれただけのようだ。

 うわあ、すげえ恥ずかしい。


 おれがバツの悪い気持ちを抱えていると、ふと彼女が眉を寄せた。


「……でも、そうね。ちょっと怒ってるかしら」


「うっ」


 すると、彼女がずいっと顔を寄せてきた。


「わたしに黙ってそんなに面白そうなダンジョンに行くなんて、ひどいじゃないの」


「え。そっちですか?」


「そりゃそうよ。わたしだって行ってみたかったわ」


「い、いやあ、あんまりお勧めしませんけど……」


「なによ。美雪ちゃんとは行くのに、わたしはダメなの?」


「い、いや、そんなことは……」


 つい美雪ちゃんとのあれこれを思い出してしまって、気まずい思いになる。


「わ、わかりました。また今度、いっしょに行きましょう」


「うん。楽しみにしてるわね」


 とりあえず、ひと段落なのかな。

 となると、いよいよ問題が頭をもたげてくる。


「あの、それとですね」


「なに?」


「実は昨日、そのせいでいろいろゴタゴタしてて、結局、なにも用意できてないんですよね」


「用意?」


「いや、本当はなにか映画でも借りてこようかなって思ってたんですけど……」


 試し見までして情けないが、すっかり忘れていたのだ。


「あ、それなら大丈夫」


「え?」


 すると彼女は、ごそごそバッグを漁った。


「ほら、わたし借りてきたの」


 駅前のレンタルショップの袋が出てきた。


「あ、マジですか?」


「あんたが好きそうなの、どれかわかんないから適当に借りてきたわよ」


「うわ、ありがとうございます」


「こっちは夕飯の用意ね。ちゃちゃっとしちゃうから、そっち片付けてなさいよ」


「は、はい」


 すごい手馴れた感じでキッチンに立つ。

 そういえば、前にここ、使ったことあったんだっけ。


 ……確かおれが風邪をひいたときだったな。

 あのとき、うっかり彼女を押し倒してしまったことを思い出した。


「…………」


 そういえば、あれなのかな。

 ……主任、泊まるつもりなのかな。


 いやいや、おれ、待てよ。

 ちょっと飛躍しすぎじゃない?

 まだ六時かそこらだよ?

 そんないきなりほら、段階すっ飛ばしすぎっていうか。


 ……やべえ、アレ用意してねえ。

 だってしょうがないじゃん。

 普段から使うような生活してねえんだし。


 あ、映画、準備。

 とりあえず、気を落ち着かせて……。


「あ、これ……」


 そのラインナップのひとつを見て驚いた。

 この前、寧々と試しに見ていたダンジョンなんとかサスペンスなんとかだった。


「あら。もしかして、もう見ちゃってた?」


「いえ、あんまり頭に入ってなかったから、ちょうどよかったです」


「え。どういうこと?」


「この前、寧々がカーペット汚してそれどころじゃなくて……」


 あっ。


 ハッと口をふさぐ。


 き、聞こえてない……、かなあ?


 ゆっくりと振り返ると、主任が穏やかな微笑みを浮かべていた。


 でも、そのまなざしはどこまでも冷たい。


「……牧野。どういうこと?」


「あ、いや、そのう……」


 ぎらり、と包丁が鈍く輝いた。


 ……やれやれ、とんだおうちデートになっちまったぜ。

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