21.5-5.こういうのオフィスラブっぽいよね


「牧野くん」


 主任がえっちらおっちら歩いてくる。

 その腕に、大量の書類を抱えていた。


「手が空いてる?」


「……はい」


 どさあっ。


「じゃ、明日の正午までにお願いね」


「……はーい」


 ……ハア。

 すげえ量だなあ。


 今日は定時で上がりたいけど、これ無理だよなあ。

 まあ明日までだし、今日はほどほどで切り上げるか。


 すると、岸本が外回りから戻ってきた。

 書類の山を見て、感心したようにうなる。


「うーわ。またえらい仕事もらってんねえ」


「そう思うなら手伝ってくれよ」


 どうせその気はないだろうけど。


 しかし……。


「じゃあ、少しだけな」


「え?」


 岸本はそう言うと、書類を取った。


「え。いいの?」


「今日、やることなくてヒマなんだよな。部長もいないし、まあ、たまには善行積んどくか」


「あ、ありがとな」


「あとでコーヒーおごれよー」


 珍しいこともあるもんだ。

 でもおかげで、なんとか定時には上がれそうだな。


「……あれ?」


 岸本が、変な声を上げた。


「どうしたの?」


 彼は一枚のメモを眺めていた。


「……ふうん」


 ふむふむ、と納得げにうなずいている。


「え。なに?」


「これ、書類に挟まってたぞ」


「え?」


 そう言って、メモを差し出してきた。


『18時に駅前のカフェで』


 ぶはっ!


 岸本がにやにやしている。


「……まさか、社内だとはなあ」


「あ、いや、その、これは……」


 もし主任との関係がバレたら、えらいことに……。


「しかし、誰かなあ」


「え?」


 あれ。

 もしかして、気づかれてない?


「おまえの相手だろー? うーん、どうだろうなあ」


「…………」


 どっきんどっきん、と胸が高鳴る。


「あ、わかった」


 すると岸本は、自信満々に言った。


「笹森ちゃんだろ」


 そして視線は、向こうのデスクの女の子へ。


 こちらの視線に気づいた彼女が、こちらを振り返る。


「……なんですか?」


 岸本がへらへら笑いながら言った。


「いや、牧野が笹森ちゃんデートに誘いたいなって言ってたから」


「おま、なに言ってんの!?」


「…………」


 笹森ちゃんはものすごーく嫌そうな顔で、吐き捨てるように言った。


「死んでください」


 死んでください!?


 ぷいっと視線を逸らした笹森ちゃんに、おれたちは呆然とした。


「……これはねえなあ」


「そもそも、どうして笹森さんだと思ったの?」


「いや、だって笹森ちゃん。おまえのこといつも見てるし」


「いやいや、適当なこと言うなよ」


 本当に殺されるぞ。


「うーん。じゃあ、誰かなあ」


 言いながら、オフィスを見回した。

 その視線が、主任でぴたりと止まる。


「…………」


「…………」


 どきどき……。


 すると岸本が、フッと嘲笑した。


「やっぱり、こっちは釣り合わねえだろ」


 ……悪かったな。

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