21.5-4.とばっちり


 向こうで、シャワーの音が聞こえる。

 それを聞きながら、ぼんやりと映画を見ていた。


 ……疲れたな。


 いまいち内容は頭に入ってこなかった。

 アルコールと奇妙な倦怠で、身体の感覚が鈍い。


 まあ、さっきまであんなことしてればなあ。


 ……姫乃さんにどう説明しよう。

 いや、それとも隠しておくべきか。


 どちらにせよ、明日の朝にこれは――。


 ――ガチャ。


 寧々が暗い顔で、浴室から出てきた。


「……シャワー、ありがと」


 おれのシャツを貸しているが、やっぱりサイズばかりはどうしようもない。


「いや、いいよ」


 できるだけそちらを見ないように答える。

 やっぱり、目には毒だからな。


 寧々はおれの隣に座った。

 心なしか、さっきより距離が近い。


 ふとボディソープの香りがした。

 おれが使っているやつなのに、ずっと甘い香りがするような気がする。


「……黒木には、わたしから言っとくから」


「待て。だって、おまえの責任じゃないだろ」


「で、でも、理由とか、ぜったい聞かれるだろ?」


「まあ、そりゃな」


「おまえ、そういうの下手だし。わたしなら、なんとか……」


「…………」


 正直に言って、そうしてくれるとありがたい。

 でも、そういうのを女に任せて知らん顔ってのは、やっぱりダメだ。


「……主任ならわかってくれるだろうけど、いい顔はされないだろうな」


「わ、わたし、これでけっこう稼いでるし、それで……」


「いや、だって金で解決するようなことじゃないだろ」


「そ、そりゃそうかもしれないけど……」


 寧々はすがるような顔で、おれを見た。


「だって……」


 そう言って、わっと顔を両手で押さえる。


「カーペットをゲロまみれにして弁償しないってのは、人としてちょっと……!」


「…………」


 悪いと思ってるなら、まず表現を遠慮してほしい。


「おまえ、酒に弱いんだから、いきなり動くなって言ってただろ」


「ご、ごめん。なんか、身体が勝手に……」


「まあ、しょうがないよ」


「でも、黒木が選んだやつだろ?」


「…………」


 そうなのだ。

 この前、秋用のカーペットに換えるとき、それをいっしょに選んでもらった。

 今回のおうちデートは、そのお披露目も兼ねていたわけだ。


 でも、これはさすがになあ。


「まあ、これは明日、どうにかするよ。それより、おまえの体調のほうが大事だろ」


「う、うん。気分は、だいぶいいかな」


 そう言って、一息つく。

 借りてきた映画はクライマックスを迎えていた。


「……なあ」


「な、なに?」


「さっき、おまえが、えっと、おれに、その……」


 勘違いじゃなければ、あれはその……。


「ば、馬鹿じゃねえの。そんわけないじゃん」


「だ、だよなあ。ごめん、なんか変なこと言って」


 アハハハ。


「…………」


「…………」


 ……気まずい。

 いや、勘違いではあるんだけど、それでも気まずいものは気まずい。


「でもまあ、ありえないよなあ」


「な、なにが?」


「ほら、おまえとそういう関係とか、絶対ないだろ」


 ――グサッ


「あれ。いまなんか聞こえたような……」


「な、なんでもない……」


 なぜか寧々が、がっくりとうなだれている。


「……つまり、わたしには女として魅力がないということですか、そうですか」


「そ、そんなこと言ってないだろ。おまえは可愛いって」


「説得力ないんですけどー」


「そ、そういう意味じゃないよ。だってさ、友だちの彼女に手を出すとか、ひととして終わってるだろ?」


「…………」


 寧々が訝しげに聞き返してきた。


「はい?」


「いや、おまえ、ピーターとつき合ってるんだろ?」


「……いや、ぜんぜん?」


「あ、そうなの? ピーターって大学のときから、おまえのこと好き好き言ってたじゃん。てっきり、つき合ってるもんだと思ってたよ」


 アハハハ。


 ……おかしい。

 笑ってるのおれだけだ。


 寧々はなにか、口元をぴくぴくと引きつらせている。


「ね、寧々さん?」


 すると寧々が、ゆっくりと立ち上がった。

 荷物を抱えると、そのまま部屋を出ていこうとする。


「あれ。帰るの?」


「……うん。ちょっと、用事、思い出した」


「え、この時間からどこに……」


 すると彼女は振り返って、すごく清々しい感じの笑顔を浮かべた。


「ピーターに会いに、イタリアへ」


 ――バタン。


「……なんだ?」


 テレビでは、エンドロールが流れていた。

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