主任、ちょっとした思い出話をしましょう
21.5ー1.先達の知恵
『おうちデート 初めて ディナー』
なになに……。
初めてのおうちデートで女性が求めるもの?
コーヒーなどを出してくれる?
おすすめの映画を見たい?
うわ、いきなりハードル高い。
うちのコーヒー、安いインスタントだしなあ。
それにおすすめの映画って。
映画ってひとりで見るもんじゃないの?
でも、これくらいならなんとか……。
……ん?
『うしろから抱きしめてほしい』だと……?
いやいやいやいや。
なに馬鹿なこと言ってんだよ。
こちとら手もつないだことないっつーの。
ハードル高いっつーか、もはや熟練カップルじゃん。
そんなん初めから要求するとか、みんなどれだけレベル高いんだよ。
「……ハア。やめやめ」
こんなん真似したって、うまくいくわけないだろ。
「……とりあえず、部屋は片付けるか」
ひとりごちると、掃除機を片手に部屋を回り出した。
――夏。
恋人という関係になって、主任が初めてうちに来る。
…………
……
…
「なんか腹痛そうな顔してどうしたの?」
休憩室で岸本が聞いてきた。
「いや、べつに……」
「あ、あれだろ。次の昇進の話で、うちらの後輩の名前が挙がってるの……」
「え。なにそれ?」
「え……?」
すると岸本が、コホンと咳をした。
「そういえば、昨日の麻雀でさあ」
「待てよ! いまのもっと詳しく!」
「いやいや。世の中には知らないほうがいいこともあるもんだ。おれらには関係のない話だし、な?」
「な、じゃねえよ!」
「なに。おまえ、そんなに昇進とか気にするやつだった?」
ぎくり。
「い、いやほら、次のボーナス、ちょっと大きい買い物しようかなって」
「へえ? ふ――――ん?」
「…………」
ぜんぜん信じてねえな。
まあ、自分が嘘が下手だってのは承知してるけど。
……あれ、そういえばこいつ。
いまは彼女いないらしいけど、実はかなりモテるよな。
よく合コンとか行ってるし、別の部署の女の子ともお茶してるし。
「……なあ、岸本さ」
「なに?」
「おまえ、彼女を初めて家に上げたときって、なにした?」
「……はあ?」
やつはなぜか、可哀想なものを見る目で言った。
「なにその大学生みたいな質問?」
……そりゃそうだ。
この歳でなにをそんなことを馬鹿正直に聞いてんだよ!
「ご、ごめん。聞かなかったことにして」
「いや、別にいいけどさ。こんな会話、久しぶりすぎてびっくりしたわ」
うーん、と考える。
「つっても、前の彼女とは三年もいっしょに住んでたからなあ。初めてのときは、どうだったかな。夕食の準備して、彼女が来て、飯食ってテレビ見て、あー、それから……」
「それから?」
ここまではネットとだいたい同じだけど。
「いっしょに風呂入って、えっちした」
ぐはあ!
「いろいろぶっ飛ばしすぎだろ!」
「いや、だって本当のことだし」
すごく真面目な顔だ。
え。なに、いまってそれがスタンダードなの?
じゃあ、なに。
主任もまさかそのつもりでとかいやいや待って心の準備がちょっと……。
おれが悶々と考えていると、ふと岸本が笑った。
「……あー。はいはい。そういうことね」
「え、なに?」
「おまえ、彼女できたんだろ。それで柄にもなく昇進とか気にしちゃってるわけね」
「……さ、さあ。なんのこと?」
「いや、そんなすぐバレる嘘つかれてもな」
ポン、と肩を叩かれる。
「ま、おれから言えることは、これだけだよ」
「なに?」
「ゴムは十秒でつける練習しときな」
余計なお世話だよ!
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