38-11.これでけっこう沸点低め


 魔力の残響が消える。

 そこに立っていたのは、先ほどと同じ体勢の姫乃さんだった。


 しかし、その気配は決定的に違う。

 まさか、このスキルは――。


 利根が卑下た笑みを浮かべる。


「これで、この女は、身も心もおれのもの」


 その瞬間だった。

 姫乃さんが大剣を構える。


 しかしその生気のない瞳は、おれを捉えていた。


 ――ヒュンッ!


 一瞬でおれとの距離を詰め、横薙ぎに剣を振るった。


「うわっとおおおおおおおおおおおおおお」


 それを間一髪で避ける。

 しかし続いて、刺突の連撃を浴びせてきた。


「あ、こら、危なっ、危ないですって!」


 それを避けながら、一気に跳んで距離を取る。


 しかしそれは、姫乃さんの間合いだった。


 ――斬撃スキル『グランド・スラッシュ』!


 大地に刺した剣を、思いきり振り上げる。

 その魔力の刃が、こちらへと飛び掛かった。


 ――ズドドオ――――ンッ!


 それを横っ飛びに避けた。

 斬撃の通った湖が、ドオーンッと水柱を上げる。


 バシャバシャと水しぶきが落ちる中、おれは舌打ちした。


 ――禁呪スキル『コンバージョン』


 他者の意識を魔力によって抑え込み、自身の配下に転向させるスキル。

 修道士や神官のみが取得できる超高位スキルだ。


 利根が姫乃さんの隣に立つと、彼女の肩を抱き寄せた。

 姫乃さんはうっすらと笑うと、まるで恋人にするようにやつの頬を撫でた。


 そうして利根は、にやりとこちらに笑いかける。


「……この身体、ダンジョン内とはいえ好きにできるとはたまらんな」



 ――ブチイッッッ!



 その瞬間。


 おれの意識に、なにか火花が散ったような気がした。



 …………

 ……

 …



『うわあああああああああああ。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! さすが利根選手! 世界で最も女性に嫌われるプロハンターは伊達ではありませんね!』


『いい加減、あいつぶっ殺せ! あいつのアレで、わたしらはさっきの試合で負けたんだ!』


『敗者復活戦、まさかスタート地点が被ったせいで初っ端から【小池屋】が操られ、そのまま他チームをキルスティールするという結果になりました!』


『ほんっと、身体中なで回されてるみたいで気持ち悪いんだよ!』


『そもそも、あのスキルはハンター協会によって【禁忌スキル】に設定されているものです! どのダンジョンでもあのスキルを取得することはできないはずですが、どうして利根選手は使えるんですか!?』


『利根たち【十三騎士】は、ハンター協会から特別な権限を与えられてる。そのひとつが、禁忌スキルの取得だ。代わりに、ハンター協会から降りる危険デンジャークエストを実行しなければならないって具合にな』


『なるほど。でも、それが犯罪に使われることもあるのでは?』


『もし犯罪に使われた場合、他の十二人に討伐クエストが降りるからな。常識があるやつなら、まずそんなことはしない』


『こわっ! でも、利根選手のこれは犯罪に入らないんですか!?』


『まあ、あくまで黒木を操作してるだけだからな。ダンジョンから出れば【コンバージョン】は切れるし、あの言動は牧野を挑発してるだけだろ』


『……いったい牧野選手のなにが、利根選手をそこまでさせるのでしょうか。さっき、なにか言っていたようですが』


『…………。さあな』


 寧々はため息をつくと、映像を見やった。


『……でも、効果はてきめんだな』

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