38-10.裏の手


 ――弱体スキル『ブラック・アウト』発動


 利根の視界を一時的に奪い取る。

 その瞬間、やつの懐にあるモンスター核に手を伸ばした。


 ――が。


「甘いッッッ!」


 それでもやつは気配を頼りに、こちらに攻撃を繰り出す。

 それは見事な精度で、おれの肩を捉えた。


 おれの伸ばした手は、すんでの所で空を切る。


 ――ドカアーンッ!


 吹っ飛ばされ、木にぶつかる。

 くそ、いまのは行けたと思ったのに。


 時間を確認する。

 タイムアウトまで、残り三十分を切った。


 ぐずぐずしてはいられない。


 紫苑や姫乃さんたちは傍観を決め込んでいるが、他はそうとは限らない。

 もしここに他のチームが乱入してくれば、おれたちの勝機はなくなる。


 そうなれば、利根たちはモンスター核を砕いてポイントを獲得するだけでいいからな。


 おそらく、次がラストチャンスだと思ったほうがいい。


「……ハア」


 なぜか利根がため息をつく。


「おそらく、次がラストチャンス、だな」


「…………」


 同じ見立てのようだ。

 しかし利根は戦闘の構えを解き、嘆くように頭を振る。


「まったく、この程度だとは……」


「……まだ本気ではないと?」


「いいや。おれはとっくに本気だ。それをここまで手こずらせるとは、やはりさすがだよ。先日の言葉は撤回だ。あなたは確かに、過去の遺物などではないのかもしれない」


「じゃあ、なにが不満なんだ」


 フンッと鼻を鳴らす。


「本気ではないのは、あなただ」


「……なに?」


 そうして、ビシッとポーズを取る。


「おれは、あなたを倒すためだけ、あなたを超えることだけを目標にしてきた! あのときに受けた屈辱を、ここで晴らすためにな!」


「アレックスのことなら、おれは……」


「違ァァァァァァァう!!」


「な、なんだよ」


 だんだんと利根の瞳に、怒りの炎が燃えていく。


 なにをこんなに恨んでいるというのか。

 初めて出会ったランク戦でボコボコにしてやったことじゃないのか?


 やつは鼻息を荒くしながら、ギリリと歯を食いしばった。


「おれは、あなたを超える! あなたの最高のスキルを超えてみせる。あの黒龍を服従させたあなたのスキルを叩き潰すために、おれはここに来たのだ!」


 ――なに?


 いま、なんと言った?

 未踏破エリアの、黒龍を――?


 利根がトワを睨み、舌打ちする。


「記憶操作とは、本当に厄介なものだな! なにをすれば、あなたはあのスキルを思い出すというのだ!」


「な、なんのことか、さっぱりわからない」


「ああ! くそ! まるでおれがピエロじゃないか!」


 そのとき、姫乃さんが叫んだ。


「ゆ、祐介くん! いったん、こっちに……!」


 体勢を立て直すのも、確かに必要だ。

 おれはいま、頭が混乱している。


 それに、いまの言葉は、いったいどういうことだ?

 もしかして黒龍とは、トワイライトドラゴンのことか?


 利根が、じいっと姫乃さんを睨んでいる。


「……そうか」


 つぶやいた瞬間、大きく跳躍する。

 そして姫乃さんの前に立つと、やつはにたりと笑った。


「おれはフェミニストだ。あの【どさんこ】のような粗野なものたちはともかく、あなたのような美しい女性に、このような手段は使いたくはなかった」


「な、なに……?」


 怯える姫乃さんに、手を伸ばした。

 その手のひらが、額に触れる。


「姫乃さん!!」


 そちらに駆け出すが、一瞬、遅かった。


 利根の手のひらから、黒い魔力が噴き出した。



 ――禁呪スキル『コンバージョン』発動


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