38-8.vs利根
その一撃が、あまりに遠い。
こちらの攻撃は、ことごとく空を切った。
おれの剣の側面をなでることで、利根は攻撃の軌道を逸らす。
身体は軸をずらされ、がら空きになったボディーへ鉛のような重い一撃が繰り出された。
――ズンッッッ!!
おれの身体は吹っ飛ばされ、その場に無残に転がった。
しかし次の瞬間には痛みは消え、また動けるようになる。
……川島さん仕込みの格闘術は健在だ。
いや、これは下手をすれば、現役のころのあのひと以上かもしれない。
利根はその目立ちたがりの性格から、派手な戦闘を好むと思われがちだ。
しかしやつの本領は、この計算され尽くした最短最小の攻防。
かつてのうちのパーティの花形はピーターだった。
おれとアレックスが前線を担当。
そして外から寧々がチームを補助し、ピーターがモンスターを削る。
利根はあのころ、後方で回復を担当しながら、いざというときに取り逃がしたモンスターを仕留めるアサシンとしての役割をこなしていた。
しかし川島さんは、潜在的には利根が最強だと言った。
美雪ちゃんにも稽古をつけなかった彼は唯一、利根を弟子と認めてすべての技を伝授したのだ。
「……まったく、川島さんは慧眼だな」
結果として利根は日本人としては二人めの殿堂入りを果たし、名実ともに世界最強のハンターパーティを率いている。
去年のランク戦も、研究され尽くしていたピーターにこそ遅れは取ったが、あれさえなければ10位へのランクインも夢ではなかったという。
そんなやつが、いまだにあのトワイライトドラゴンの件を引きずっている。
いや、あれがあるからこそ、いまの利根がいるとも言えるか。
治癒術士の利根だからこそ、あのときに受けた無力感はおれたちの比ではない。
そこから這い上がってきた男の実力。
性格はあんなだけど、それだけは本物だ。
おれは神経を研ぎ澄ませる。
力ではかなわない。
ならば、スピードで勝る。
「……いくぞ」
――『十重の武装』発動
十個の球体に、それぞれのスキルを入力する。
――補助スキル『アクセル』発動
速度を極限まで高める。
そして同時に、別のスキルを放った。
――幻影スキル『ミラージュ』発動
利根の目に映るおれの姿が分裂した。
そして左右対称の動きから、回り込んで攻撃を仕掛ける。
「――無駄だ」
利根の周囲を、魔力が渦巻いた。
――解呪スキル『ステイト・アウト』発動
あらゆる弱体スキルを無効化する解呪スキル。
それは利根に仕掛けた幻影スキルを簡単に弾き飛ばした。
そしておれの本体の姿が捉えられる。
「この程度か!?」
その拳が、おれの脇腹を狙う刹那――。
「いいや、まだだ!」
おれは瞬時に、『十重の武装』からスキルを展開する。
――弱体スキル『オフェンスダウン』発動
対象の攻撃力を下げる弱体スキル。
それは衝突の瞬間に、利根のパワーを極端に奪い取った。
――ドスンッ!
そのこぶしが命中するが、先ほどのように飛ばされるほどの衝撃はない。
おれはその瞬間、剣の一撃で利根の肩を切り裂いた。
「……チッ!」
その肩の傷が、一瞬で治癒する。
しかし初めて、利根の表情が変わった。
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