38-6.シリアスさんがアップを始めました


 ――斬撃スキル『ラッシュ』


 刺突による乱撃を浴びせる。

 しかしそれはすべて、利根の拳にいなされた。


 そして攻撃の止まった一瞬、やつの拳がおれの鳩尾を捉える。


 ――ズンッッッ!!


 重い衝撃が、身体を駆け抜ける。


「がは……っ!」


 そのまま、その場にうずくまる。

 身体を内側から破壊するような激痛に身もだえた。


「げほっ、かは……、くそ」


 しかし、次の瞬間に痛みは消えていた。

 おれは立ち上がると、すかさずやつから距離を取る。


「……利根、腕を上げたな」


「…………」


 利根は無言でこちらを睨んでいる。

 いつもはおしゃべりなくせに、臨戦態勢に入ると途端に静かになるやつだ。


 こちらの圧倒的な劣勢。


 しかし利根の目には、一切の油断がなかった。


「……これは、参ったな」



 …………

 ……

 …



『利根選手のブローが炸裂! 牧野選手、ダウンです!』


 会場では、アナウンサーが興奮気味に叫んだ。


『しかし、どういうことなんでしょうか!?』


『なにが?』


『このステージ、ハンター同士の戦闘は危険行為として見なされます。危険なダメージには即座にエスケープが発動し、利根選手と牧野選手はこちらに戻るはずなのですが!?』


『そりゃ、ステージのシステムがあれを危険行為と認識できないからだよ』


『いや寧々さん、ちょっとよくわかんないんで説明をお願いでしますか!?』


『……面倒くせえ』


『そんなこと言わずに、どうか! あ、こちらのおせんべい食べます?』


『……まあ、いいだろ。あれは利根の仕業だ。あいつのスキルで危険行為を帳消しにしてるんだよ。もぐもぐ』


『そのスキルとは!? まさかシステム介入とかですか!? このステージ自体を操ることができるとか、そんな感じですか! なにそれSFっぽくていいですね! もぐもぐ』


『違う、違う。もっと単純なもんだよ。ていうか、おまえも食うのな』


『えぇ。そりゃもう』


 バリバリ。


『あいつは牧野の攻撃を受けるとき、そして牧野へ攻撃を加えるとき、ダメージの上から回復スキルを重ねてるんだ。一瞬で傷が消えるから、システムもそれに気づけないわけ。……ていうか、これうまくね?』


『なるほど! 先ほどから、牧野選手が瞬時に体勢を立て直しているのはそういうことなんですね!? ……あ、スポンサーさんからの差し入れです。よかったらあとでお持ち帰りになります?』


『え、いいの?』


『はい。たくさんありますので。……あれ。でも、回復スキルっていうことは、利根選手は治癒術士ヒーラーなんですか?』


『ちょっと違うな。利根は修道士モンクとか神官プリーストと呼ばれるスタイルだ。普段は後衛で回復してるけど、いざというときは敵陣に飛び込んで自分を回復しながら暴れまくるやつ。とはいっても、まさかここまで回復スキルを高めているとは思わなかったな。利根のくせに』


『しかし、そんなことが可能なんでしょうか』


『なにが?』


『本来、ハンターはレベルアップの際に獲得するポイントを振って肉体を強化したり、スキルを高めたりします。いくら現実世界で肉体を鍛えても、普通、肉体強化と回復スキルの両方をあれほど極めることはできないはずですけど』


『それは、あいつのウルトの恩恵だな。あいつの【バックドア】は、レベルアップ時に普通の二倍のポイントを獲得できる。それによって、回復スキルも肉体強化も一流にできるってわけだ』


『ええええ!? ずるくないですか?』


『そうか?』


『そうですよ! 普通の二倍も強くなれるってことじゃないですか! 利根選手のくせに!』


『……おまえ、どさくさでけっこう言うね。まあ、確かにそう思うけど、デメリットもでかいんだよ。あいつは他のハンターと比べて、レベルアップ時の基礎スペックがとんでもなく低い。おそらくレベル50くらいまでは、この世でもっとも弱いハンターだ』


『つまり、レベルが後半にならなければ強くならないと?』


『超晩成型レイトゲーマーってことだな。あいつのウルトで強くなるためには、たゆまぬ自己鍛錬が大前提だ。それを怠れば、所詮はスキルをちょっと多めに覚えられるだけの凡人。趣味で楽しむならもってこいだが、それで世界の頂点を狙うには牧野のウルトのほうが楽でいい』


『ははあん。普段の言動からは、とても想像ができないですね』


『あれを狙ってやってんのか素でやってんのかは、わかんねえけどな。でも今回の場合、問題はそっちじゃない……』


『え?』


 寧々は会場の映像を見る。


 そこには、先ほどの最後のエピック討伐の際のVTRが流れていた。

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