主任、やっと本番ですよ

37-1.全国のお父さんへ


「ハアーッハッハッハ! 無様だな、寧々センパイ! 所詮は一線から退いた過去の遺物よ! いまも前線で戦い続けるおれは、すでにキサマらの手の届かぬ高みにいるのだ!」


「うぐぐぐぐぐ……っ!」


「おれは完璧な勝利を求める。あのころ、キサマに味わわされた屈辱、いま返したぞ!」


「マジむかつくなてめえ!」


 利根がのけ反るほど胸を逸らしながら、それはもう天狗になっている。


「利根、性格が悪いぞ」


「おや、決勝でおれに倒される牧野センパイじゃないか。ちゃんと負けたときの言い訳は考えてきたか?」


「うん、まあ、自分なりに頑張るよ」


「冷静に返してるんじゃなあ――――い!」


 ドンドンと地団太を踏む。

 いやあ、こいつエネルギーに満ちてていいなあ。


「……ていうか、いよいよ、どうしたんだよ」


「フンッ。なにを言っている?」


「こんな地方大会に、あんな子たち連れてきて、いったいなにが目的だ?」


「目的? そうだなあ。キサマらにおれの偉大さをわからせてやるためだ!」


「…………」


 一見、いつもの利根だけど。


 ……なーんか、臭いんだよなあ。


「フンッ。それより、もっと取り乱すかと思ったがな」


「……まあ、そういうこともあるだろ」


「つまらんな。ま、せいぜい楽しませてくれ」


 そう言って、利根は向こうへと行ってしまった。

 その途中、牡丹・紫苑が体当たりする。


「リーダー、メシ食いたい!」


「おごれよ!」


「おまえら、昨日、散々ひとの金で飲み食いしただろうが!」


 そのうしろ姿を見ていると、寧々がぐずぐず泣いている。


「ぐぞう、二日酔いがなげれば、あんなやづ……」


 よほど悔しかったんだろうなあ。

 あのころ、寧々は特に舎弟のように扱ってたし。


「うーん。でも、あれは体調が万全でも勝てなかったろ」


「……くそがあ! 冷静に分析してんじゃねえ――――っ!」


 がっくんがっくん揺すられる。

 おいおい、二日酔いが悪化するぞ。


「……牧やんさあ。ほんとにわかってんのー?」


 お、眠子。

 起きてるの珍しいな。


「美雪ちゃんは?」


「二日酔いでダウンー。向こうのテントで休んでるよー」


「そうか。あとで様子、見に行かなきゃな」


「いや、そうじゃなくてさあ」


「あぁ、うん。おまえの言いたいことはわかってるよ」


 おれは、ネットで見た牡丹・紫苑の情報を考えた。


「うーん、やばいかもなあ」


「ハア。牧やん見てると、こっちが不安になるよー」


「お、心配してくれるの?」


「一応、弟子だからねえ」


「へえ。おまえがデレるの珍しいじゃん」


「……勘違いしないでよねー。師匠がだらしなかったら、わたしまで馬鹿にされるからだよ」


「いやいや。たまには素直になってもいいんじゃない?」


「勝手に牧野ハーレムに入れないでくださーい。ていうか、わたし彼氏いるしー」


 え?


 ……え?


 いま、なんて?


「……え、マジで?」


「そだよー。牧やんと同じくらいからつき合ってるから、もう半年くらいかなー」


「…………」


「あれ、どしたの牧やん?」


 あれ?

 なんだ、これ。

 なんか視界が潤んで、ちょ、えっと。


 ……この気持ちを、言葉で表すなら!


「お父さんは許しません!!」


「うわ、面倒くさ! いつから牧やんがパパになったんだよー」


「だって、おまえ、そんなのちっとも匂わせてこなかったじゃん!」


「みんなが牧やんみたいに人前でイチャつくのが好きなわけじゃないのー」


「べ、別にイチャついてないだろ! その男、どんなやつだよ!」


「まだ高校生だってばー。脂ぎったオジサンじゃないから安心しなよー」


「あ、当たり前だろ! でも、おまえ、そんな高校生とか、ほら、もっと将来設計とか、ちゃんと考えてるわけ? おまえがハンターだって、ちゃんと知ってるの?」


「知ってる知ってる。いいじゃん、ちょっと遊ぶくらいさあ」


「あ、遊ぶっておまえ、そんな不誠実なやつに育てた覚えはないぞ!」


「あー、あー。ちゃんと好きだから大丈夫だよー。ていうか、牧やんがそれ言うのどうかと思うんだけどー」


 ど、どういう意味だよ!


「じゃ、そゆことでー。決勝しっかりねー」


 そう言って、テントのほうへと歩いて行ってしまった。


「…………」


「あら。祐介くん、どうしたの? 決勝の前に、軽くなにか食べようと思うんだけど……」


「……姫乃さん。おれ、今日はもうダメかもしれないです」


「え、どうしたの? ……なんで泣いてるの!?」


「いえ、ちょっと、こう、娘のひとり立ちを疑似体験したというか、なんというか……」


「……はい?」


「えっと、お昼ごはんですね。はい、行きましょうか」


「え、えぇ……」


 はあー。

 ……世の中のお父さん、すげえなあって。

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