36-6.乱用、ダメ、ぜったい


 ガタン、ゴトン・・・・・・。


 おれと姫乃さん、そしてトワは電車に揺られていた。


「ぐす、えぐ……」


「よしよし、怖かったわね……」


「魔素のないところで音波スキルを使いよった。ニンゲンこわい、ニンゲンこわい……」


「そうね。怖かったわね……」


 寧々のメタルソングメドレーにもはや戦意を消失したトワ。

 そして、さっきからなにか死んだ魚のような目で彼女を慰める姫乃さん。


「あの、姫乃さん?」


「あ、牧野くん。なに?」


「…………」


 なぜかおれのことを名字で呼ぶ姫乃さん。

 どうにか「牧野さん」からちょっと戻ったけど、ものすごい距離を感じる。


「きょ、今日はどうします? トワもいるし、おれん家に泊まってくれたほうが……」


「…………」


 すると彼女は、はあとため息をつく。


「……今日は、うちのベッドで寝たいわ。ちょっと疲れたかも」


「ま、まあ、そうですね。じゃあ、明日は向こうで落ち合いましょうか」


「そうしましょう」


 そうして、先におれの最寄り駅になった。


「じゃあ、お先に」


「はい。お疲れさま」


 そうして徒歩五分、おれはアパートに帰還した。


「……ハアアア。マジで疲れた」


 トワをリビングに座らせる。

 そのころには泣き止み、少し調子も戻ってきたようだ。


「うむ、異界の戦士よ。ご苦労じゃったな」


「はいはい。まさかほんとについてくるとは思わなかったよ」


 さっそくテレビを点けて、座布団の上で足を伸ばしている。


「……ていうか、けっこう馴染んでんね」


「うむ? そうかの」


「もっとこう、こっちの世界は知らないことがたくさーん、みたいなの期待してたんだけど……」


「残念じゃったな。わしはこっちにスポンサーがおるので、わりと頻繁に来るぞ」


「え、そうなの?」


「うむ。わしはハンター協会とつながっておる。あそこにはおまえさんらが亜人と呼ぶのがけっこうおるぞ」


「マジで?」


「まあ、大方はアレじゃな。祖霊返りに落ちて、行き場をなくした連中が情報と引き換えに保護してもらっておる」


「それ、ハナみたいな感じか?」


「あの赤毛も、そのうち迎えが来るじゃろ」


 すげえ、これ聞いちゃいけない情報とかじゃないよね?


「……なんか、おれの知らないとこで世界は動いてんだなあ」


「そんなもんじゃよ。とはいえ、わしだって世界から見たらほんの米粒のような存在じゃ」


「哲学だねえ」


 するとふと、トワがテレビのチャンネルを変えだした。


「あ、マツコの知らないやつはまだか!?」


 申し訳ないけど今日は土曜日です。

 おれたちは茶をすすりながら、ちょうどやってたバラエティを眺めていた。


「あ、じゃあ、おまえ風呂とか入る感じ?」


「当たり前じゃろ。ハーピィは特にキレイ好きじゃからな」


「そっかー。おれシャワーで済ますから、浸かりたかったら勝手に風呂ためて」


「む。客人にさせるとは、不遜な男じゃのう」


 こっちは望んでないです。


「ま、仕方ないわい。どれ、ちょっともらってくるかのう」


 そう言って、やつはバスルームに消えてしまった。


 ……あれ。

 でもあいつ、お湯の出し方、知ってんの?

 これ間違って水のほうひねって、いやーんばかーんなトラブルになっちゃうところじゃねえか。


「おーい、赤いほうだからなあ」


「む。そうか、そうか」


 危ない、危ない。

 そんなラブコメみたいなことになったら、また美雪ちゃんに弱みを握られちゃうところだよ。


「ぎゃああああああああああああああああああああ」


 バタア――――ン!


 突然、びしょ濡れのトワが、裸のまま飛び出してきた。


「お、お、おまえさん! あれは熱い水ではないか!」


「え、だって赤いほうって言ったじゃん」


「鳥の羽はお湯につけると油分が溶けるから、冷たい水と決まっとるの!!」


 へえ、そうなんだー。


 あれ。

 でもなんかこのシチュエーション、嫌な予感が……。


 ガチャガチャ。

 ガチャン。


 玄関が合鍵で開く音。


 もちろんそれを持っているのは……。


「牧野くん! やっぱりトワちゃんともお話ししたいし、今夜はこっちで……」


 ――ピタ。


 彼女の目に映るのは、裸のトワと抱き合う(ように見える)おれ。


「……ひ、姫乃さん、これは、その、妹とのスキンシップっていうか、事故というか」


 彼女は、にこりと微笑む。

 そのこぶしが、ぎゅっと握りしめられた。


「その歳で、その言い訳が聞くと思うかああああああああああああ」


 デスヨネー!


 こうして、おれは散々お説教されることになりましたとさ。


 ……あー。トワが記憶変えれてよかったー。

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