36-2.はじまらないよ


「第一回、チキチキカラオケ大会、はっじまっるよー」


「…………」


 美雪ちゃんが高らかに宣言する。


「え、いきなりどうしたの?」


「もう、マキ兄、ノリ悪すぎ! そこは『いえーい』でしょ! そんなんじゃサークルでもぼっちだよ!」


「いや、おれもう卒業してるし……」


 利根のおごりでちょっといい焼肉を満喫したおれたち。

 そのあと、なぜかみんなでカラオケルームにいた。


「きゃーっ! マジ、テンションあげあげですーっ!」


「わたし、きゃりー歌っちゃっていいですかあーっ!」


 言い出しっぺの牡丹・紫苑がタンバリンをバンバンジャラジャラやっている。


 若いってすげえなあ。

 おれも十年くらい前はこんなだったはずなんだけど。


「……ていうか、利根はいいの?」


「いいんですよー。いつもあんな感じですしぃー」


「あのひとマゾなんでー。このくらいのほうがむしろご褒美なんですよー」


 そっかー。


 利根はいま、財布の中身が足りなかった責任を負い、焼肉店で掃除の手伝いをしている。

 まあ、ここにいるのは伝えてるし、あとで来るよな。


「そういえば牡丹ちゃんと紫苑ちゃん? そもそも、どうして利根と?」


「あー。なんかダンジョン歩いてたら、いきなり話しかけてきたんですよー」


「最初、マジで不審者だと思いましたもーん。警察呼ぼうにも言葉わかんないですしー」


 初対面から人間扱いされないってすごいな。


「へえ。ちなみにいくつなの?」


「中二でーす」


「ダンジョンは小4からやってるんで、もう五年近いですねー」


 へえ、それはすごいな。

 両親がハンターなら子どもでやってるひとも少なくないけど、こんなに早いのは眠子たちくらいしか知らないな。


 と、ぐいっと耳を引っ張られる。


「ちょっとマキ兄、ルール説明は聞いて!」


「ルール?」


 カラオケにルールとかあるの?

 すると美雪ちゃんが、コホンと咳をした。


「説明しよう! チキチキカラオケ大会とは、一周するたびに得点順位が偶数のひとにドリンクバーの罰ゲームジュースを飲ませる企画なのだ!」


 え、なにその過酷なルール。


「いやいや、もっと素直に楽しもうよ。ねえ?」


「だってマキ兄、そうしないと歌わないじゃん!」


「あれ? もしかして牧野さん、あんまり……?」


「えー。なにそれかわいいー。わたし聞きたいですー」


 いやほんと勘弁してよ。

 歌なんて下手でも人生は困らないの!


「お、おれ、ちょっとトイレ!」


「あ、こらマキ兄!」


「きゃーっ! わたしもお供しまーす」


 いや、すんなよ!


 おれはそのルームから逃げ出すと、そのまま隣の部屋を覗いた。

 こっちには主任と寧々、眠子とトワがいる。


 一見、和気あいあいとした空気が流れているが……。


『~~×:「*{*」¥「z◇p^:〇¥:」2}@・、「-\!!』


 寧々が得意(?)のメタルパンクをボリュームマックスでガンガン流しているのが、廊下まで聴こえる。

 主任は笑っているけど顔面が蒼白だし、トワに至っては泡吹いてるもんなあ。

 ていうか眠子、よくあの状況で寝られるな……。


 触らぬ祟りになんとやら。


「ふああ。ていうか、はやく帰りたいんだけど……」


 おれは欠伸をしながら、トイレに向かった。

 用を足していると、ふと隣に誰かやってくる。


 ちょろろろろ……。


 あー、こういうとき、なんか気まずいよなあ。


「あれ、牧野さんじゃないですかー」


「え?」


 見覚えのある顔だった。


「えっと、店長?」


「外でその呼び名はつらいっすねえ。でもまあ、それでいいっすよ」


「どうしたんですか?」


「うちら、今日はここで夜明かしっす」


「へえ、どうしてまた?」


「単純に金なくてー。さすがに九州から夜行バスは辛いっすねえ」


 世知辛えなあ。


「牧野さんたちは?」


「みんなでメシ食ったあと、なんか流れで」


「あー、はいはい。いやあ、羨ましいっす。女子多いうえに、みんなキレイどころばっかりですもんねえ」


「あ、あはは……」


 まあ、見た目はね。


「でも、ちょっと男女差きつくて……」


「ぜいたくな悩みですねえ。あ、じゃあ、よかったらこっち来ます?」


「え、いいんですか?」


「もちろん。なんかハイドさん、試合で負けたのが悔しいみたいで、珍しく落ち込んでるんですよねえ。元気づけてやってくださいよー」


「……それ、逆効果なんじゃないですか?」


「アハハ。気にしない、気にしない。ちょっとぼくも、あの個室は辛くって話し相手ほしかったんですよ」


「?」


 そういうわけで、おれは【並盛つゆだく】のところにお邪魔することにしたのだった。

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