33-完.強襲


「……ひとの顔みたいね」


 姫乃さんが率直な感想を述べる。

 おれたちが様子をうかがうのは、森の中に鎮座する巨木だった。


 その巨木の側面に、まるでひとの顔のようなものがついていた。

 人面樹――トーレントは気持ちよさそうにいびきをかいている。


「……寝てるのかしら?」


「好都合ですね。トーレントは寝ているときに一気に決めるのがセオリーです。あの額に埋め込んであるモンスター核を狙います」


「どうやるの?」


「いえ、ここはおれがやります。やつは根を張って周囲のモンスターを探知するので、おれの『トレーサー』で探知しながら近づきます」


 目に魔力を込める。

 地面に、トーレントの根の魔力が浮きでた。


 そっと足を踏み出す。

 その魔力の光を避けながら、トーレントに近づく。


 トーレントが初級者にとって狩りづらいのは、二つの理由がある。


 まず、この探知の根。

 やつはわずかでも根に重みを感じると、すぐに目を覚ます。


 しかしそれさえ押さえていれば、それほど時間のかかる相手ではない。

 おれは十分な射程圏内に入ると、そっと足元から視線を上げた。


「――――っ!」


 息を飲んだ。

 トーレントが、その大きな瞳を開けてこちらを凝視していた。


 思わず振り返る。


「姫乃さん!?」


「ち、違う、わたし動いてないもの!」


 確かに、彼女もトワも、じっと茂みに隠れている。


 まさか、おれがミスったのか?

 くそ、レベルが抑えられているとはいえ、まさかこの程度のスキルもしくじるなんて。


 いや、いまはそれどころじゃない!


 トーレントが、その巨大な腕を振り上げた。

 おれはすぐに両腕に魔力を込める。


 ――防御スキル『アイアンスキン』発動!


 紙一重で、トーレントの攻撃を受け止める。

 しかしレベルの下がったおれの身体は、その攻撃を支えることができずに地面に打ちつけられた。


「……くそ!」


 トーレントが強敵とされる二つめの理由。


 それは、単純に強いこと。


 そもそも、木というのは見た目よりずっと頑丈なものだ。

 素人が斧で大木を切ろうとしても、なかなか傷をつけられるものではない。

 大地から魔素を吸い上げるトーレントは、魔力によってすさまじい硬度を誇る。

 それが鞭のようなしなやかさで襲い来るのだから、初級者にはたまったものではないのだ。


「祐介くん!」


「大丈夫です! それより、姫乃さんの力を貸してください」


「……っ!」


 彼女は剣を持って躍り出た。


「よーし、やるわよ!」


 うわあ、楽しそー。


「それで、それで? わたしはなにをすればいいの?」


「トーレントは治癒スキルを持つので、ちびちび攻撃しても意味がありません。おれが引きつけますので、斬撃スキルで仕留めてください」


「任せなさい!」


 トワが、こそこそと茂みから顔を出す。


「わしは……?」


「待機!」


「う、うむ!」


 姫乃さんは大剣を逆手に持つと、地面に突き刺した。

 彼女の魔力が剣を通して、ざわざわと大地に満ちていく。


 異変を覚えたトーレントが、ぐるぐると巨椀を振り回す。

 そして姫乃さんを狙って攻撃を仕掛けた。


 おれは『ブースト』を身体中に施し、それに思い切り体当たりをした。

 トーレントの攻撃の軌道はずれ、姫乃さんの脇に叩きつけられる。



 彼女の鋭い眼光が、トーレントを捉えた。



 ――斬撃スキル『グランドスラッシュ』発動!



「どうりゃあああああああああああああああああ」


 姫乃さんの振り上げた刃から、白い光線が放たれた。


 ――ズドドドドンッ!


 それは大地を切り裂きながら、トーレントの身体を真っ二つに両断した。


『ゴ、ゴゴゴ……ッ』


 トーレントの半身がずるずると傾き、ずずーんっと地面に倒れた。


「……や、やったわ!」


 姫乃さん大喜びである。


「見てた、ねえ、見てた!?」


「はいはい、見てました。さすがです」


 スキルも攻撃特化とはいえ、まさかここまで見事に倒すとは思わなかった。

 ほんと、弟子って知らないうちに成長していくよなあ。


「……あら。でも、ポイントが加算されないわよ?」


「あぁ、それはモンスター核を破壊しないと反応しませんよ。ほら、姫乃さん。止めを刺してください」


 その瞬間だった。


 なにもいないはずの背後に、魔力の揺れが発生した。

 まるで危険を知らせるアラームのように、ぴりぴりと肌が痺れる。


 ――まさか。


 おれが振り返るのと同時に、黒い影が頭上を飛び越えた。

 それは一直線にトーレントの前に躍り出ると、そのモンスター核をナイフで真っ二つに切り裂く。


『ゴオオオオオオオオオオオッ』


 トーレントが断末魔を上げると、そのまま枯れて朽ちていった。


 まさに一瞬の早業だった。

 姫乃さんも、呆然とそれを見つめていた。


「お、おまえは……」


 その黒い影の正体。


 寧々が振り返ってにやと笑う。

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