主任、その宝箱ミミックですよ!?

主任、登場人物のおさらいは大事です

33-1.カップ麺感覚で


「わっはっは。どうやら驚きで声も出ぬらしいなあ」


「…………」


 目の前の少女が、得意げに笑っている。

 おれは無言で、彼女を見つめていた。


「なに、それも無理はない。なにせ、おまえさんは向こうでの姿しか知ら……」


「いや、あのさ……」


 このまま放っておくと延々としゃべってそうなので、申し訳ないけど止めさせてもらう。


「きみ、誰?」


 ずこーっ。


 そんな感じでパイプ椅子からこけた。


 彼女はがばっと頭を上げる。


「わ、忘れたというのか!」


「う、うん。なんか声は聞いた気がするんだけどさ」


「むむむ……」


 すごく悔しそうにしているけど、本当にさっぱりわかんないんだよなあ。


 と、少女はポンと手を叩く。


「あ、そういえば記憶を取っておったわ」


 記憶?


「うむむ。どうするかのう。まさかこやつと出くわすとは思わんかったし……」


 ひとりでうんうん唸っている。

 置いてけぼり感すごいな。


「ね、ねえ、祐介くん」


 すると姫乃さんが肩を叩いてきた。


「なんですか?」


「この娘、わたしの記憶が間違ってなければ……」


 彼女の顔色は悪く、どこか緊張した様子で告げる。


「あ、あのハーピィの女の子じゃ……」


 ――あっ。


 それは半年ほど前のことだ。

 おれたちは『KAWASHIMA』の感謝祭のときに、亜人の少女に襲われた。


「おまえ!」


「待て待て。よく見ろ、それはわしの妹じゃ」


「……え?」


 よくよく見ると、確かに髪は長いし、雰囲気もどことなく違う。


 あのとき、あのハーピィも姉がどうとか言っていた。

 もし、目の前にいるのが、その姉だというなら……。


「で、でも、もし違ったら姫乃さんが……」


「ええい、面倒な男じゃのう。これでどうじゃ」


 え?


 そう言って、そっとおれの顔を両手で押さえる。

 そして一瞬の隙をついて、その端正な顔がぐっと近づいた。



 ――ちゅ。



「…………」


「…………」


 姫乃さんがカチーンと固まっている。

 おれも正直、頭が真っ白だ。


「お、おお、おまえ、なにを……」


「いや、なに。おまえさんに記憶を戻してやっただけじゃよ」


「……は?」


 そのときだった。

 おれの視界で、眩い火花が散ったような気がした。


 それが収まったとき、脳裏にはなかったはずの映像が浮かんでいた。


 巨大な洞穴の底。

 ぐちゃぐちゃになったおれの身体。

 近づくグリフォンの嘴。


 そして――。


「……おまえは確か、グリフォンのとき」


「うむ。これで少しは警戒心を解いてくれるかの」


「ま、まあ、ええっと……」


 おれは、恐る恐ると横を見る。

 記憶は戻ったが、どうにも別の問題が持ち上がっていた。


「…………」


 ――ゴゴゴゴゴ……ッ。


 笑顔の姫乃さんの背中から、禍々しいオーラが湧き上がっているようだった。


「祐介くん。どういうことかしらねえ」


「あ、あの、いまのは、決しておれの意志ではなく……」


 ハーピィの少女に向いた。


「お、おい、どうしてくれるんだ!」


「なんじゃ。おまえさん、その女子おなごといい仲か?」


「そ、そうだよ!」


「ふうむ。これだから異界人は面倒じゃのう」


 そう言って、姫乃さんのほうへ向く。

 そして一瞬の早業によって、その頬を両手で押さえた。


「えい」


 ぶちゅー。


「~~~~~~~~っ!?」


 うわーお。


 姫乃さんはじたばたともがくが、やがてくたっと膝をついた。

 彼女を解放すると、少女はからからと笑う。


「ハッハッ。甘露、甘露」


「なにやってんの!?」


「いや、面倒じゃから、ちょいと記憶をいじってやっただけよ」


「き、記憶をいじるって、なにしたんだ!」


「見ればわかるわい」


 と、姫乃さんの瞳に生気が戻った。


「ひ、姫乃さん!」


「あら、祐介くん。どうしたの?」


「いや、大丈夫ですか?」


「なにが?」


「え……」


 すると彼女は、何事もなかったかのように立ち上がった。

 そうして、ハーピィの少女を見る。


「でも、びっくりしたわね。まさか祐介くんの妹さんもハンターだったなんて」


 ――はい?


 少女を見ると、彼女はなぜか誇らしげにVサインをした。


「わしにかかれば、ざっとこんなもんよ」


「なんてことしてくれてんの!?」


「手っ取り早くていいじゃろ。異か……、おっと、お兄ちゃま?」


「うるせえ!」


 すると姫乃さんが少女をかばう。


「もう、やめなさい! いくら兄妹でも、暴力はダメよ!」


「うわーん、鬼いちゃまがいじめるー」


「恐がってるじゃない。ほら、大丈夫よ。わたしが守ってあげるからね」


 そう言って、きゅっとその肩を抱く。

 姫乃さんのふかふかの胸に顔をうずめながら、少女がこっちを見やった。


 にや。


「…………」


 こいつ……っ!


「じゃあ、行きましょうか」


「うむ、よきにはからえ」


 姫乃さんと手をつなぎながら、少女はすたすたと歩いて行く。

 そのうしろ姿を眺めながら、おれはぴくぴくと口角を震わせるのだった。

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