0-7.もしもよければ
黒木さんが、ミミックの前で剣を構える。
武術などもやったことがないようで、構えなどもてんでダメだった。
「てやあ!」
案の定、剣を振るがそれはミミックに弾かれる。
やつの体当たりを受けて、彼女はお尻から倒れた。
さっき、嘘をついた。
普通は最初のレベルアップまでのチュートリアルを行い、新しいスキルを覚えてからモンスターのハントに挑戦する。
まだダンジョンに入ったばかりの素人に、ハントクエストは不可能だ。
ダンジョンアタックなんて、決しておもしろいものではない。
そんな甘い考えでダンジョンに潜っているやつは、いつか痛い目を見る。
これで諦めてくれればいい。
自分には向いていないとわかってくれれば、危険な未来も回避できる。
ダンジョンだけが、人生のすべてではないのだから。
「……しかし、終わらないなあ」
もう何度目のチャレンジだろうか。
すっかり泥だらけになった黒木さんは、それでも立ち上がった。
「もう諦めましょうよ」
「いいえ。もうちょっとで行けそうな気がするの」
「無理ですって。それに、時間だって……」
すると彼女が、こちらに手のひらを向けた。
「止めないで。次こそうまくいくわ!」
彼女は、笑っていた。
それはもう、この初めての経験が楽しくてしょうがないといった笑顔だった。
「……はいはい」
できないことを、つまらないと思ったのはいつからだろう。
少なくとも、あのころはそんなこと考えもしなかった。
ただ、目の前のクエストに立ち向かっていく日々だけが――。
おれは手のひらに魔力を込めると、スキルのコードを入力した。
――強化スキル〈
途端、黒木さんの身体がふわりと軽くなる。
向かってきたミミックの体当たりを、まるで羽のような身のこなしでかわした。
いま彼女の目には、ミミックの動きがスローモーションで見えている。
「どりゃああああああああああああああああああ」
その麗しい外見には似つかわしくない、猛々しい雄叫び。
次の瞬間、その剣はミミックの体内に突き刺さっていた。
『ギ、ギギィ――――ッ!?』
ミミックが悲鳴を上げると、そのままバタンと気絶した。
その口がでろりと開け放たれ、そこから黒木さんの剣が覗いていた。
彼女が、きらきらした目でこちらを見る。
「や、やった、やりました!」
無邪気に喜ぶ黒木さんに、おれはうなずき返した。
「いい一撃でした。いまの感覚を忘れないでくださいね」
「はい。牧野さんのおかげです!」
彼女の眩しい笑顔がむずかゆくて、おれは慌てて視線を逸らした。
「いえ、おれは仕事をしただけです」
「そんなことありませんよ」
そう言って、彼女は申し訳なさそうにうつむいた。
「本当なら、わたしを連れて戻らなきゃいけないんですよね?」
「……まあ、そうですね」
とはいえ、相手がミミックだから黒木さんの希望を汲んだだけのことだ。
もしこれがスライムとかブラッドウルフなら、間違いなく引き返していた。
「おれは、褒められるようなことはしていませんよ」
「それでも、わたしは嬉しかったです」
そう言って、彼女はそっと頭を下げた。
「ありがとうございます」
「…………」
さっき雄叫びを上げていたのと同じ人間とは思えないな。
おれは照れ隠しを悟られないように咳をした。
「は、はやく剣を回収して戻りましょうか」
「はい!」
ミミックを小突いてみる。
完全に伸びているので、しばらく起きはしないだろう。
「……牧野さん、よくここで潜っているんですか?」
「え? まあ、前はよく潜ってました。いまは基礎講習に駆り出されるくらいですね」
「じゃあ、いまはパーティは?」
「組んでませんけど……」
なんでそんなことを聞くのだろうか。
そう思っていると、彼女がこちらをまっすぐ見つめた。
その視線に、思わず吸い込まれそうな感覚に陥ってしまう。
「あの、こんなお願いをするのは不躾だと思うんですけど……」
そう言って、彼女は深呼吸をする。
「――わたしといっしょに、これからもダンジョンに潜ってもらえませんか?」
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