0-6.理由がいりますか?


「……久しぶりだから、うまくやれるといいけど」


 おれは目に魔力を集中させた。

 それをスキルのコードとともに解き放つ。


 ――探知スキル〈魔素追跡トレーサー〉発動


 おれの視界に、帯状になった光の粒子が映る。

 それはエリアを出て、洞窟の向こうへと続いていた。


「……さっきのミミックを発見しました。遠くへは行ってません」


 おれたちは洞窟を進んでいった。

 やがて出たエリアの隅に、見覚えのある宝箱を発見した。


「……他にモンスターはいません。おれが剣を回収してくるので、ここで待っていてください」


 と、シャツの裾を掴まれた。


「ま、待ってください」


「なんですか」


「わ、わたしにさせてもらえませんか」


「は? いや、でも……」


「危なくないんですよね?」


「ま、まあ、あいつは生物を食べることはないので……」


「お願いします!」


 その真剣なまなざしに、ふと疑問が口をついた。


「どうしてですか?」


「え。どうしてって?」


「ダンジョンアタックなんて、そんなに流行ってないじゃないですか。言っちゃ悪いけど、この歳で始めるには向いてないと思います。さっきだって恐い思いをしたのに、どうしてやろうとするんですか?」


 すると黒木さんは、そっと目を伏せた。


「ずっと前に、テレビでダンジョンアタックの大会を観たんです。それで、面白そうだなって。ちょっと会社で時間ができたので、やってみようかなって思って……」


「え。それだけですか?」


「い、いけませんか?」


「い、いえ。そんなことはありませんけど……」


 参ったな。

 インストラクターとしては、できるだけ危険は避けるべきだ。

 彼女にこだわる理由があるなら、こちらも判断がつけやすいんだけど。


 すると、ふと彼女がおれを見つめているのに気づいた。


「なにかを面白そうって思うことに、理由がいりますか?」


「え……」


 ふと、その言葉に頭を殴られるような気がした。


「…………」


 ……まったく、嫌なことを思い出させてくれる。


「……ミミックの体内には『モンスター核(コア)』と呼ばれる宝石があります。それを突けば、しばらく気絶します。初心者でもできるので、やってみてください」


 そう言って、おれは自分のレンタルの片手剣を渡した。


「ただし、危なかったらすぐに止めますからね」


「あ、ありがとうございます!」


 彼女は頭を下げると、自身の髪をぎゅっとうしろで縛った。


「よーし、やるわよ!」


 そう意気込みながら、ミミックのほうへと近づいていった。


 おれはそのうしろ姿が、おれには眩しいように感じた。



 ――どうして、ダンジョンアタックを始めたんですか?



 いつか、どこかで開催された大会で聞かれたことがある。

 けっこう規模が大きくて、日本のテレビ局も入っていたっけ。


 あのころのおれは仲間たちに囲まれて、屈託なく笑っていた。


 すべてが楽しかった。

 その質問に、ためらうことなんてなかった。



『――――』



 その言葉を、いまでは口にすることはない。


 おれのダンジョンアタックは、あのとき終わったのだから。

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