0-4.半年かかりましたね
おれはダンジョンに降り立った。
魔素の満ちた空気は、森林のそれに似ている。
もう、何年ぶりになるだろう。
就職してからは、全然だったな。
上で基礎講習を引き受けることはあっても、ここに潜ることはなかった。
思いの外、気分は悪くない。
上層なら問題なくやれそうだ。
……それでも、長居をするつもりはないけど。
「えーっと。黒木さん、でしたっけ」
おれが呼びかけると、その黒髪の美女からじろりと睨みつけられる。
うーん。おれ、なんかしたっけ。
まあ、なんでもいいか。
このひとが本当に胡散臭いGメンでも、おれは普段通りにやればいい。
と、その前に……。
「あの、本当にその格好でいいんですか? いまなら引き返せますけど……」
彼女は自身の服装――きりっとした隙のないスーツ姿を一瞥した。
「問題でも?」
「いえ、汚れたらまずいと思って。上でジャージとか、借りれますけど……」
「結構です」
いくら外見がよくても、中身がこれじゃあなあ。
……いや、お仕置きされるならむしろこっちのほうが。
ぶんぶんと首を振る。
アホなこと考えてる場合じゃないだろ。
「じゃあ、クエストの確認をします」
美雪ちゃんから預かったメモを取り出した。
本日のクエスト:マルガタ鉱石の採集
達成条件:最上層にあるマルガタ鉱石を採集。
受付に提出することでクエスト達成とする。
制限時間:なし。インストラクターの指示に従うこと。
基本報酬:マルガタ鉱石一個で、酒場の割引クーポン。
まあ、体験入場コースはこんなもんか。
このマルガタ鉱石の場所も記されている。
モンスターと出くわさなければ十分で終わるようなクエストだ。
「じゃあ、こちらです」
「はい」
薄暗い洞窟を、ランタンの灯りを頼りに進んでいく。
その先の『エリア』と呼ばれる空間に、マルガタ鉱石はあるらしい。
……のだが。
「…………」
「…………」
すげえ気まずい。
さっきから一言も会話がないし、なによりうしろから刺すような視線を感じる。
もしかして、すでにGメンの査定は始まっているということだろうか。
……いやいや、美雪ちゃんの言葉に乗せられてるぞ。
とはいえ、このまま無言というのも辛い。
なにか差し障りのない話題を、っと。
「しかし、すごい剣ですね」
「え?」
「いや、その腰の剣ですよ。凝った装飾といい、なかなかの値打ちものじゃないですか?」
黒木さんの吊った片手剣。
それは圧倒されるような存在感を放っていた。
しかも『HOUND』といえば、海外でもナンバー1のシェアを誇る武器メーカーだ。
確かに形から入ろうとする素人はいるが、いくらなんでもこんなものを持っているわけがない。
それに、この凛とした身のこなし。
美雪ちゃんの予想はともかく、やはり名のあるハンターなのだろうと思う。
「……そうですか」
案の定、彼女は武器を褒められても眉ひとつ動かさない。
ただの装備マニアとは違うということだ。
となると、なぜ素人だと身分を偽っているのか。
まあ、おれには関係のないことだけど。
「……っと、ここですね」
少し広い空間に出た。
ここが『エリア』と呼ばれる空間だ。
「ここにマルガタ鉱石があります。手分けして探しましょう」
「……わかりました」
おれたちは、手分けしてその鉱石を探し始めた。
屈みながら、隅を見回していく。
おれは向こうでがさごそやっている黒木さんに呼びかけた。
「あ、大丈夫だと思いますけど、変なものには触らないでくださいね」
「変なもの?」
「ここは基本的に、なにもないエリアです。不審なものがあったら、モンスターかトラップの可能性があります」
「……この宝箱は?」
――宝箱?
「あ、ダメです。それはミミ……っ!」
そう言って、振り返った瞬間だった。
――ばくんっ
それは尻だった。
タイツに包まれた形のいいヒップが、こちらに突き出されている。
スカートがめくれ上がって、それはもう露わな感じになっていた。
そして彼女の上半身はというと……。
『ギギ……』
苔の生えた大きな宝箱。
それが黒木さんの上半身をぱっくんちょしている。
――ミミック
宝箱に擬態した低級モンスター。
初心者キラーとして有名なアレだ。
「う、うわああああああああああああああああああ」
おれはレンタルの片手剣を構えると、慌ててそれに躍りかかった。
このあと、無事に撃退しました。
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