0-2.ファーストコンタクト


 世界に『ダンジョン』と呼ばれる異空間が発生して、数十年。

 あるときは自然の中に、あるときは街中に。

 いまではダンジョンは、世間の中に溶け込んでいた。


 モンスターや宝箱、そして魔素を消費して操る特殊なスキルの数々。

 それはまさに、RPGのような空間だ。


 そんなダンジョンを利用するのが、ダンジョンアタック。


 モンスターをハントして素材を換金したり、まだ見ぬ財宝を目指して最深部を目指す。

 それはいまや、世界的なアクティビティにまで成長していた。


 とはいえ、遊び感覚でいたら取り返しのつかないことになる。

 モンスターたちは、一般人には考えが及ばないようなスキルを持つ。

 年々、活発になるダンジョンアタックだが、同時に事故も多くなっているのが現状だ。


 特にこの日本は、ダンジョンアタックに関しては後進国。

 ダンジョンに挑戦するひとは、まず基礎講習というものを受ける決まりだ。


「……ということで、説明は以上です。なにか質問は?」


 おれの言葉に、講習を受ける二人組の片方が手を上げた。


「もしダンジョンで方向がわからなくなったら、どうすればいいんですかあ」


「直ちに〈緊急退避エスケープ〉を使用してください。そうすれば、出発地点に戻れます」


「もし魔素マナっていうのが切れてたら?」


「この〈緊急退避〉はハンターの魔素ではなく、各自の武器に埋められた魔晶石の魔素を使用します。もし武器が壊れても、必ず魔晶石だけは保管しておいてください」


「武器って壊れるんですか?」


「まあ、結局は消耗品ですから。大丈夫ですよ。第一層から降りなければ、まず問題はありません。モンスターが領域を出て、別のフロアに上がってくることはないですからね」


「はーい」


 基礎講習が終わり、おれは一階の受付まで降りていった。

 カウンターでは、美雪ちゃんがノートパソコンでレポートをやっている。


 おれの足音に、彼女はレポートの手を止めてこちらに出てきた。


「助かったよー。今回のレポートは本気でやばくてさ。お父さんも酒場のほうで忙しいし、ほんとマキ兄が引き受けてくれてよかった。はい、これ」


 そう言って、缶コーヒーを差し出してくる。


「……まあ、川島さんにはお世話になったからね」


 おれたちはエントランスのテーブルに向かい合って座る。

 彼女は自分の炭酸飲料を開けた。


「どうだった?」


「普通だけど」


「マキ兄の基礎講習、わかりやすいから評判いいんだよね。いっそ、うちでインストラクターとして働かない?」


「勘弁してよ。おれはそういうのには向いてないって」


「いいじゃん。うちで働けば、タダでダンジョン潜り放だ……」


 ふと、彼女の言葉が途切れた。

 そっと目を伏せると、申し訳なさそうに言う。


「……ご、ごめん。悪気があったわけじゃなくて」


「…………」


 おれはなにも答えずに、ぐっと缶コーヒーを飲み干した。

 空になったそれを、自販機横のゴミ箱に入れる。


「じゃあ、おれは帰るから」


「あ、ちょっと待って」


「なに?」


「え、えーっと。その、まだ言わなきゃいけないことがあって……」


 珍しく歯切れが悪い。


「えーっと、その、ね? マキ兄がよかったら……」


 ――チリンチリン


 そのときだった。

 施設の入口のドアが開いた。


 美雪ちゃんはハッと顔を上げると、慌てて立ち上がる。


「あ、お客さん! マキ兄、そこで待ってて!」


「え、あ……」


 おれの言葉を聞かずに、彼女はさっさとカウンターに戻っていった。

 手持無沙汰のまま、思わず椅子に座り直す。

 完全に帰るタイミングを逃してしまった。


 ――コツン


 ヒールの音が、エントランスに響く。

 そちらに目をやって、おれは思わず息を飲んだ。


 それは、スーツに身を包んだ黒髪の美女だった。

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