美人上司とダンジョンに潜るのは残業ですか?

カクヨムオンリーカウントダウン番外編『エピソード0』

0-1.牧野祐介


 あぁ、くそ!

 まったく、なんでこうなるんだよ!


 寒さも和らいで、日中は春の陽気が漂い始めたころ。

 おれはいつものように、仕事でやらかしていた。


 久しぶりに取れた契約。

 その会社が、いきなり電話に出なくなった。

 期日も迫り、おれは慌ててその会社にやってきたのだが……。



『破産手続きのお知らせ』



 おれはそのドアに貼られた、一枚の張り紙を呆然と見つめていた。


 地面が揺れるような感覚に、おれはふらふらとビルを出た。


 倒産て!

 こんなの漫画じゃねえか!


 くそ、やられた。

 あの営業担当、そんなこと一言も……。


 ……いや、おれの責任か。

 少し調べれば、やばそうなところだとわかったはずだ。

 目先の利益に踊らされた、当然の報いだ。


 とはいえ理性でわかっていても、感情はそう簡単には納得してくれない。


「……また主任にどやされるなあ」


 一時間の説教で済めばいいけど。


 他の会社に営業をかける気力もなく、おれはとぼとぼと会社への帰路をたどった。



  †



「なあ、牧野。聞いたか?」


 外から戻ったとき、同僚の岸本と休憩室で出くわした。

 おれは自販機で缶コーヒーを買いながら聞き返した。


「なにを?」


「なんかイラついてない?」


「……なんでもない」


 いけない。

 さすがに同僚に当たるのは筋違いだ。


「で、なに?」


「例の怪物だよ」


「あー、それね」


 三か月ほど前、本社からうちの支社に転属してきたエリート社員。

 他人に厳しく、自分に厳しく、そして仕事に厳しい。

 まだ二十六歳ながら、その手腕は会社の内外に響き渡っている。


 本社、期待の星。

 まったくもって、おれとは次元の違う存在だ。


「あのひと、今度はなにしたの?」


「ほら、あの資材発注の会社……」


「あー。うちの営業部長がやらかして、二十年来の付き合いが解消したアレ?」


「そうそう。それ、仲裁したんだってさ」


「え。マジで?」


「マジだって。もう幹部連中、その話題で持ちきり。査定時期は先なのに頑張るねえ」


「ていうか、なんで知ってんの?」


「いやほら、昨日の晩、営業部長と麻雀にさ」


「……おれには、おまえのそういうところが怪物に見えるよ」


「え、なに?」


「なんでも。じゃあ、おれ、ちょっと主任に報告があるから」


「なに。またダメだった?」


「そ、そうとは決まってないだろ」


 岸本はからからと笑った。


「隠しても無駄だって。おまえ、すぐ顔に出るから」


「…………」


 重い気持ちのまま、おれはオフィスへと戻った。



  †



 悪いこととは重なるもので。

 仕事帰り、駅の改札を通ったところで携帯が震えた。


 その日は今年度からわが社で施行された『ノー残業デー』だった。

 主任にこってり絞られたおれは、岸本と飲みに行く元気もない。

 大人しく家でテレビでも見ていようと思っていたら、ふとその連絡が来たのだ。


『マキ兄! HELP!』


 相手の名は、川島美雪。

 昔、世話になった川島夫妻の一人娘で、大学二年生の女の子。


 どうせ用件はわかっている。

 それでも、おれは知らないふりをして返信した。


『なに?』


『今日、急な基礎講習の予定が入ったんだよ!』


『契約してるひとは?』


『今日は他のダンジョンに潜ってるから無理!』


『美雪ちゃんは?』


『講義のレポートが明日まで!』


 そして可愛いマスコットのスタンプが押された。


『お・ね・が・い♡』


 おれは小さくため息をついた。


 携帯をしまうと、おれはホームに入ってきた電車をスルーした。

 反対側のホームに移動し、ちょうどやってきた電車に乗り込んだ。


 まあ、少しはバイト代も出るし。

 気晴らしにはならないだろうけど。


 やがてたどり着いたのは、住宅街にぽつんと佇む黄色い建物。


『ダンジョンアタック施設:KAWASHIMA』


 おれは、そのドアをゆっくりと開けた。



 ――ダンジョンアタック



 この世で最も楽しく、最もスリリングなアクティビティのひとつ。


 そして、おれがこの世で最も嫌いなものだ。


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