31-完.あなたはどっち?


 防衛ラインのすぐこちら側。


 おれはその場に立ち止まった。


 息が詰まるようだった。

 走った息苦しさもあるが、問題は目の前にある存在だった。


 ゴーレムを操り、家畜をさらっていたもの。

 それは、防衛ラインのすぐ向こうにいた。


 ――ふわさっ。


 そこに、一本の大木があった。

 その幹に、巨大な蝶が止まっていた。


 見覚えがある。

 これは北海道で増殖を繰り返していたエピック・モンスターだ。


 でも、まさか。

 なぜこいつがここに?


 それはゆっくりと羽をはためかせていた。

 まるでおれを待っていたかのように、こちらに意識を向けてくる。


「……おまえは」


 思わず、おれは話しかけていた。

 それほど、それからはモンスターらしからぬ意志のようなものを感じていたのだ。


『…………』


 それは当然ながら、無言でこちらを見つめているようだった。


「ちょっと、祐介くん!」


 そのとき、うしろから姫乃さんが追いかけてきた。

 おれは思わず、振り返っていた。


「姫乃さん」


「もう、いきなり走って行くんだもの。もし他のゴーレムがいたらどうするのよ」


「あ、いや、こいつが……」


 再び防衛ラインの向こうに目をやって、おれはハッとした。


 さっきまでいたはずの蝶が、音もなく消えていたのだ。


 姫乃さんは見ていなかったようで、訝しげに眉を寄せる。


「なにもいないじゃない」


「…………」


「犯人はどうだったの? 逃げられたかしら」


「……どうでしょうね」


 いまのは、なんだ?


 夢か幻か。


 むしろそうであってほしいと思いつつ、おれは姫乃さんと畜舎のほうへと戻ったのだった。



 …………

 ……

 …



 翌日、経過を報告したあと、おれたちは昼の新幹線で東京へと戻った。


 それから一週間後のことだった。

 おれのアパートにやってきた姫乃さんに、その小包を見せた。


 送り人は『みなもとファーム』。


「なにが届いたの?」


「この前のお礼って、源さんが送ってくれました」


「なにかしら。あ、もしかしてチーズとか? 先に言ってくれればワインも買ってきたのに」


「それにしては、なんか重いですけど……」


 わくわくしながら、それを開けた。


 ――そして、姫乃さんの顔が凍った。


「わあ、あそこでつくったソーセージ詰め合わせですね。いや、すごいですよ。あそこのギフトって、大型百貨店でしか取り扱われませんから」


「…………」


「どうやって食います? でも変に手を加えるより、そのまま焼いたほうがいいですかね。いま安物のビールしかないですけど、姫乃さんもそれで……」


「……ろう」


「え?」


 姫乃さんがぶわっと涙をあふれさせ、小包を抱きしめた。


「ピー太郎! なんて無残な姿に!」


「ちょ、違いますよ! 落ち着いてください!」


「うるさい! ピー太郎の家族かもしれないでしょ! あんた、あんな可愛い子たちを食べようなんて、よくそんな血の涙もないこと言えるわね!」


「いや、だって食用に飼育されてるんだから当然でしょ!」


「うるさいうるさい! あんたがそんなやつだとは思わなかった! そこに正座なさい、命の尊さについてわたしが教えてやるわ!」


 こうして隣の大学生に文句を言われるまで、おれはあらぬ責めを負わされたのだった。


 だから名前つけちゃダメだって言ったのに……。



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