31-8.その正体は


 その影がぐらりと体勢を崩し、その隙に子豚が地面に転がった。

 ばたばた起き上がり、こちらに走ってくる。


「なにしてんすか!」


 おれは慌てて、姫乃さんをかばうように立った。


「だ、だってピー太郎が!」


 なんて?


「名前つけちゃダメでしょ!」


「い、いいじゃないの! それより、ほら!」


 おっといけない。

 おれは正面に意識を集中した。


 その人影は、ゆっくりとこちらを見た。

 そして一瞬、体勢をぐっと低くした。


 ぞくりと背筋に冷たいものが走る。

 おれは反射的に、姫乃さんを横に突き飛ばした。


「伏せて!」


 ――ヒュンッ!


 その影が、助走をつけておれに体当たりをかました。


「がはっ!」


 おれはそのまま、地面に押し倒された。

 その腕から逃れようとするが、意外に力が強い。


「この!」


 その腹を思い切り蹴り上げる。

 しかし、びくともしなかった。


 その違和感にはすぐ気づく。


「こいつ……っ!」


 ――人間じゃない。


 この感触、リビングデッド系か?

 いや、それなら、もっと臭いがするはずだ。

 なにより、やつらにこんな強度はない。


 その手が、おれの首を掴む。

 ぎりぎりと締め上げられる中、ふとその感触に気づいた。


「この、離しなさあ――――――――い!」


 姫乃さんの怒声とともに、そいつが再びふっ飛ばされた。

 ごろごろと転がり、そいつは再び起き上がろうとする。


「祐介くん!」


「げほ、だ、大丈夫です……」


「な、なんなの、あいつ!」


「あいつは……」


 姫乃さんの攻撃を受けた左腕が、ぼろりと落ちた。


「ひっ!」


「……やっぱり」


「や、やっぱりって?」


「あいつは、土のゴーレムです」


「え!?」


 姫乃さんは、そいつを見る。

 腕の断面から、土くれがぼろぼろ落ちていった。


「地面を経由することで畜舎の中に侵入し、家畜をさらっていたんです。確かにこれなら、あのトラップも無意味ですね」


「ご、ゴーレムって、眠子ちゃん?」


「あいつがこんなことをするとは思えません。それに……」


 おれは『トレーサー』を発動し、そのゴーレムを操る魔力をたどった。

 その魔力の糸は、ずっと向こう――この牧場の外へと伸びている。


「あれは、あの防衛ラインの外から操られています」


「あんなに遠くから!?」


「そうです。もしかすると……」


 おれは、その予想をぐっと飲み込んだ。


 だって、にわかには信じられないことだ。


 ――このゴーレムは、眠子のそれよりもレベルが高いなど。


 ここはいったん、引くべきだ。

 でも、そうすれば再び畜舎の豚が狙われるだろう。


「姫乃さん。一応、聞いてみますけど、どうします?」


 おれは、そっと彼女をうかがった。

 姫乃さんは真剣な表情で、ぎゅっとフォークを構える。


「……ですよね」


 おれはため息をつくと、『十重の武装』を展開した。


 まったく、ひとの言うことなんて聞きゃしない。


 でもいいさ。

 こういうひとだから、おれは好きになったわけだしな。

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