31-7.まあそうなるよなって
『心得ていてほしいことがある』
それは一週間前、源さんから電話をもらったときのことだった。
『心得てほしいこと?』
『うん。今回のクエストは、あくまで情報収集。討伐ではない』
『つまり、こちらからは手を出してはいけないと?』
『そのダンジョンは捜索隊の手を入れてない場所だから、まだモンスターの生態を把握しきれていない。魔素の震えが、どんな影響を及ぼすかわからない』
そこで、源さんは一拍置いた。
『それに……』
『それに?』
『いや、なんでもない』
歯切れの悪い言葉だった。
おれはそのことに違和感を覚えながらも、重要なことを確認した。
『でも、もし家畜が狙われたら?』
『多少の損害は仕方ない。そもそも、わたしはそこの経営にはタッチしていないから』
『……わかりました』
その会話を思い出しながら、そっと窓の外を睨んだ。
正体不明の影は、のそのそとこちらへ向かってくる。
「ど、どうしよう」
姫乃さんが袖を引いてきた。
「事前に話した通りです。おれたちは、ここでやつの行動を観察します」
「で、でも……」
「おれたちは武器を持っていません。ダンジョンで戦うときは、勝てる見込みがあるときだけです」
「…………」
腕を広げると、おれと姫乃さんを包むように魔力を展開した。
――索敵スキル『迷彩』発動
おれたちの周囲を、薄いバリアが包む。
これによって、おれたちの姿は外から見えなくなる。
「極力、声も出さないように。いいですね?」
姫乃さんが、こくりとうなずく。
それを確認すると、再び視線を窓の外へ。
あの人影は……。
そこで、おれは眉を寄せた。
――いない?
どこだ?
こちらにまっすぐ向かっていたはずなのに。
ツンツン。
姫乃さんが、そっと肩を突いてきた。
そちらを見ると、彼女は真っ青な顔で畜舎の中を見つめている。
「なんで、す、か……」
言いかけて、ハッと口をつぐむ。
いた。
いつの間にか、あの人影がこの畜舎の中に立っていたのだ。
なんの気配も感じさせず、音すら立てない。
そもそも、どうやって入った?
出入口は先ほどと同じように封鎖されているし、他に入って来れるような箇所はない。
その人影は、ゆらゆらと身体を揺らしながら、じっと豚たちを見つめていた。
暗くて、その表情は読み取れない。
体格からして、男性のようだけど。
「…………」
やつが、そっと腕を伸ばした。
そして、先ほど姫乃さんが抱いていた子豚を抱える。
「あっ」
慌てて姫乃さんの口をふさぐ。
いまはなによりも、やつの正体を見極めるのが先決だ。
「…………」
そいつは内側から鍵を外すと、そのまま悠々と出て行った。
おれは窓から、やつの行く先を見つめる。
その腕に抱えられた子豚が、ふごふごと鳴きながら、こちらを見つめているような気がした。
あー、くそ。
さっきの会話のせいで、どうも後ろ髪を引かれる思いだ。
でも、ここは我慢をしなければいけない。
おれたちがアレに接触して危険でないという保証はないのだ。
姫乃さんだって、静かに耐えているじゃないか。
そう、さっきから彼女のちくちくとした肌が手のひらに痛くて……。
……ちくちくした?
振り返って、目を疑った。
それは藁の塊だった。
畜舎の隅に積んでいたやつだ。
で、姫乃さん本人は?
「どりゃああああああああああああああああああああ」
外で、威勢のいい怒声が響いた。
誰のって、それは決まってる。
こんだけどりゃってる女性、なかなか他にはいないよなあ。
おれは慌てて外に飛び出したとき、姫乃さんの振るう三つ又フォークがその影をぶっ飛ばした。
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