31-6.そして伝説へ


 最後の一枚のトランプを、おれは場に置いた。

 途端、姫乃さんが涙目になって叫ぶ。


「だ、ダウト!」


 おれはそれをひっくり返した。


 ぴったり宣言通りのカードだ。


「んなあ!?」


 姫乃さんがぐぬぬになった。

 これで通算、おれの十三連勝めだ。


 ちなみに姫乃さんは一勝もできていない。


「なんで勝てないのよ!?」


「いや、姫乃さんが弱すぎなんですよ」


「弱すぎって、トランプなんて運でしょ!」


「なに言ってんすか。これは立派な心理戦ですよ」


 おれはカードの山をトントン叩いた。


「さっきの大富豪もそうですけど、相手の手札がわかってるんだから誘導するなんて簡単でしょ。姫乃さんみたいに考えなしに出してりゃ、そりゃ簡単にはめられますよ」


「もっと純粋に遊びましょうよ」


「勝負なんですから、勝ってなんぼでしょ」


「……あんた、ほんと負けず嫌いよね」


「姫乃さんに言われたくないです」


 おれは散らばったトランプを集めながら、畜舎の置時計を見た。


 監視を始めて、だいたい三時間。

 そろそろ異変が起こってもよさそうだけど、窓の外にも変化はないしなあ。


 まあ姫乃さんも熱中しているし、水を差すのも悪いか。

 どうせ明日は、帰るだけだしな。


「で、次はなにしますか?」


「ババ抜きよ!」


「えー。正気ですか?」


「こ、これならたぶん勝てるわ! だって、純粋な運の勝負でしょ!」


「へえ?」


 いま、おもしろいこと言ったな。

 小学校では『ババ抜き百面相の祐ちゃん』と呼ばれたおれが、いっちょ世間の厳しさを教えてやろうか。


「……ていうか、さっきから気になってたんですけど」


 トランプをシャッフルしながら聞く。


「なに?」


「その膝に抱えた子豚はなんですか?」


 姫乃さんが、膝に抱えていた物体を見た。

 その子豚が、まるで意志を疎通したかのように姫乃さんと目を合わせる。


 ぶひっ。


「クッション的な?」


 クッション的な。


「なんかこの子、大きさといい、重さといい、ちょうどいいのよねえ。豚って、もっと重いんじゃなかったかしら」


 さすさすと撫でながら言う。


「……あの、臭いとか大丈夫なんですか?」


「なんか慣れたら大丈夫。むしろ、大人しくて可愛いわね」


 ねー、と豚とうなずき合う。


 ……いや、豚の臭いさせた彼女とかおれが嫌なんですけど。


「まあ、いいですけど。ほら、配りますよ」


 うーん、しかし二人でババ抜きとか切ないなあ。

 最初の手札が、すでに五、六枚まで減ってるんだけど。


 そんなことを考えながら、ふと窓の外を見たときだった。


「姫乃さん」


「なによ、はやく始め……」


「ランタンの灯りを消してください」


「え?」


 あー、もう。

 おれは急いで灯りを消した。


 そうして、じっと窓の外を見た。

 おれは暗闇の中、こちらに近づいてくる影を認めた。


「……あながち、嘘でもなかったな」


 それは確かに、人間のような影だった。

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