31-3.みなもとファーム
「じゃ、じゃあ、やるわよ」
「はい。お願いします」
姫乃さんの細い指が、それをそっと握った。
そのまま、ゆっくりと手のひらで上下に刺激を与えていく。
それはくにくにと彼女の手で形を変えていった。
でも、目的のものは一向に出る気配がない。
「う、うまくできないわ」
「そのままでいいですよ。デリケートですからね。そっと、優しくお願いします」
「その、えっと……」
姫乃さんは、恥ずかしそうにおれを見上げた。
「あ、暴れないかしら」
「そんなことありませんよ。大丈夫です」
「で、でも……。きゃっ」
そのとき、白いミルクが噴き出した。
彼女は嬉しそうにおれを見る。
「祐介くん!」
「やりましたね!」
おれたちは目の前の牛を見上げた。
そいつはのんびりした顔でそっぽを向いている。
「牛の乳しぼりとか、初めてよ」
「おれも子どものころにやっただけなので、あんまり記憶ないんですよねえ」
と、向こうで見ていたガイドさんが微妙な顔で言った。
「……お二人って、普段からそんな感じなんですか?」
「え?」
「いえ、なんでもないです」
おれと姫乃さんは顔を見合わせた。
なんか変なことしたかな?
つなぎを着たガイドさんは、窓の外の施設を指さした。
「そしてここで搾られた牛の乳は、あそこから現代のほうに運ばれます。そして、向こうで加工されて出荷されます」
「ここで加工されるんじゃないんですか?」
「はい。こっちには電子機器は運べないので。飼育にはあくまで原始的な手段を使っています。あ、あとでこちらのミルクでつくったアイスをご馳走しますね」
「わあ、楽しみです!」
おれたちはガイドさんの案内に従って、飼育施設の外に出た。
さわさわと吹く風に、草原が太陽の光を浴びて輝いている。
向こうの広い柵の中では、放牧中の豚たちがゆったりと草を食んでいた。
「でも、源さんがこんなことしてたなんて……」
「最初はダンジョンにおける魔素の生物への影響を観測するための場所だったんです。そのうち魔素の中で飼育された家畜は向こうに比べて美味しくなるということで、こういった産業に着手したんです」
「へえ。でも、大変じゃないんですか?」
「まあ、すべて手作業ですからね。でも、そのうち新しい方法が開発されると思いますよ。源さんの知り合いの魔具技師が研究を進めていますから」
おれはガイドさんに尋ねた。
「それで源さんの言ってた、おれたちに頼みたいことってなんですか?」
すると彼女は、こくりとうなずいた。
「数週間前から、急に家畜がいなくなるんです」
「いなくなる? 脱走するっていうことですか?」
「いえ、そういうことじゃなくて……」
おれはその言葉を待った。
「……このダンジョンにいないはずのモンスターが、徘徊するようになっているんです」
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