主任、牧場へ行きましょう

31-1.実はいるだろ


「今度の休み、どうする?」


 予算書と睨めっこしていると、隣の岸本が聞いてきた。

 カレンダーを見ると、次の週末は祝日がくっついて三連休だ。


「そうだなあ」


 いまの時期、うちのチームはわりとヒマだ。

 とはいえ、あと一か月もすれば繁忙期に入っていく。

 ここが最後の英気を養う時間となるわけだ。


「……ちょっと出かけようかな」


「お、例の彼女と?」


 ぐっと言葉に詰まる。


「え。いや、彼女なんていないけど……」


「嘘つけよ。おまえ、実はいるだろ」


「ど、どうして?」


「いや、勘だけど。なんか最近、妙に楽しそうっていうか……」


「…………」


 さすがは、うちの会社で最も空気を読む男。


「で、どんな子?」


「ど、どんなって、別に普通のひとで……」


 そこでハッとする。

 いまのは自白したも同然だった。


 岸本が勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ほらな」


「あ、いや、その……」


「いいだろ。それともなに、知られてまずい系?」


「まずい系ってなに?」


「えーっと。ほら、性格悪いとか、貢いでるとか、あ、あと壺売ってくる美女はさすがにやめとけよ。おれも擁護できないからな」


「ち、違うって」


「冗談だって。おまえがそんなの引っかかるとは思えねえし」


 なら、どうして言うかな。


「うーん、そうだなあ。おまえの彼女だろー」


「おまえ、仕事しろよ」


「ヒマなんだからいいじゃん。そうだな、おれの予想だと、アレだな。まず自立してて、姉さん気質で、そんでプライベートではちょっと抜けてる感じの子だと予想するね」


「は、はは……。おまえ、そんな都合のいい子いるかよ」


「いやいや、実はけっこういるんじゃないのって。そうだなあ、うちのオフィスでいうと……」


 どきりとして、慌てて止める。


「お、おい。いい加減、やめとけって……」


「どうしたの? あ、もしかしてうちの会社の子?」


 ぎくり。


「お、おい、マジかよ。うわ、俄然、興味湧いてきた。そうだなあ……」


 そう言って、岸本がぐるりとオフィスを見回した。

 その視線が、ふと姫乃さんのところで止まる。


「わかった」


「え、う、うそだろ」


「いーや、わかったね。おれの予想だと……」


「わ、馬鹿、やめ……」


 岸本が人差し指を上げた。


「笹森ちゃんだ!」


「……は?」


 視線の先には、同じ課の後輩の女の子。

 パソコンをカタカタやっていた彼女は、こちらに鋭い目を向けてきた。


「……なんですか?」


「あ、いや、なんでもないよ。こっちの話」


「牧野さん。あんまり見てるとセクハラで訴えますよ」


 なんでおれ!?


「ご、ごめんってば……」


 岸本を睨んだ。


「ほんと勘弁して」


「あれ。違うの?」


「違うよ。なんでそう思ったの?」


「おかしいな。いい線いってると思ったんだけど」


「いや、おれあの子から嫌われてるし」


「え。なんで?」


「さあ?」


 そんな話をしていたときだった。


「牧野くん、岸本くん。ヒマでしょうがないみたいねえ」


 ――ドサッ。


 おれたちの机に積まれたのは、データ入力前の書類の山。


 姫乃さんが、にこりと微笑んだ。


「それ、入力してね」


「え。いや、でもこれ、まだ先のやつじゃ……」


「時間があるうちにやっとけば、あとで楽でしょう」


 どこかぞっとするような微笑みだった。


「じゃ、今日中にお願いね」


「は、はい」


 デスクに戻っていく彼女の背中を眺めながら、岸本がぼんやりとつぶやいた。


「……あれはねえなあ」


「…………」


 おれはため息をついた。

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