30-完.枯れ尾花
おれたちが向かったのは、次に目撃例の多い場所だ。
「マキノ、ここかい?」
「あぁ」
「ぼくはなにも感じないけど」
「いや、確かにいる」
あの微かな魔力の気配がする。
うまくカモフラージュしているが、おれには通じない。
――この香りは、おれがよく知っているものだ。
その瞬間だった。
『クスクス』
振り返ると、そこにはあの女が立っていた。
「マキノ!」
「……っ!」
その瞬間、周囲の水が激しく動き始めた。
「姫乃さん!」
「まっかせなさあ――――い!」
彼女は腕を振り上げると、地面にこぶしを叩きつけた。
砂の防壁が持ち上がり、水の流れを受け止める。
おれたちを捉える激流が消え、その女との間を阻むものが消えた。
おれは女の腕を掴んだ。
すると、その腕が砕け散った。
その断面から、さらさらと砂が零れ落ちる。
「ま、マキノ、それ……!」
「砂のゴーレムだ。これで女をつくり、水を操って砂を流していたんだ」
「はあ? 土属性のスキルと水属性のスキルを同時に使うなんて……」
そこで、ハッとする。
「じゃあ、ハンターは二人……?」
「いや、ひとりだよ」
おれは『トレーサー』で、魔力の動きを追った。
この砂のゴーレムを操るハンターの魔力が、地面の下へと続いている。
「どういうつもりかは知らないけどな……」
おれは腕に『ブースト』をかけ、その地面に腕を差し込んだ。
「おまえは運がなかった!」
指の先端が、なにかに触れた。
それを掴むと、思い切り引き上げる。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア」
途端、姫乃さんが悲鳴を上げた。
おれが掴み上げたものは、人間の腕だったのだ。
「ど、どど、どざえも……」
「落ち着いてください、こいつは生きてます。ていうか、姫乃さんも知ってるやつですよ」
「え?」
姫乃さんが、しげしげとそいつを見る。
おれたちに睨まれ、そいつはゆっくりと顔を上げた。
「……あ、あはは。牧やん、久しぶりー」
そいつを見つめながら、姫乃さんが呆然とつぶやいた。
「……ね、眠子ちゃん?」
…………
……
…
「だってさあー。しょうがないじゃーん。わたしだって心が痛んだんだよー? でも、抑えきれない探求心っていうかさー」
「うるさい、黙っとけ」
おれたちは施設にあるフードコートで、眠子を見張っていた。
いまピーターが館長を問いただしているところだ。
「……眠子ちゃん、どうして東京に?」
「寧々さんの仕事のお手伝いだよー。なんかー、変なモンスターが出てるらしくてー」
「変なモンスター?」
「あー、うーん、なんだっけ?」
すっとぼけた様子の眠子に、姫乃さんが頬を引きつらせる。
「だ、大丈夫なの?」
「こいつ守秘義務があるんで、はぐらかしてるだけですよ」
「あぁ、そう……」
眠子がべーっと舌を出す。
「でも、ならどうしてこんなことを?」
「ダンジョンで紹介を受けたのー。わたしにぴったりの仕事があるから、やってみないかってさー」
「それが、あの幽霊騒ぎ?」
「そー」
涼しい顔で言うものだ。
「館長は、どうしてそんなことをしたのかしら」
「大方、新規の客層を呼び込むための話題作りでしょう。ハンター協会に依頼したのも、幽霊だって証明が欲しかったんでしょうね」
「ふうん。この施設、どうなるのかしら」
「それはピーターの報告しだいですよ。いまごろ取引が行われてるんじゃないですかね」
「取引?」
「……まあ、プロにはいろいろあるんですよ」
眠子がため息をついた。
「はあーあ。わたしも新作のゴーレムの実験ができると思ったのになあー。牧やんじゃなければ、ぜったいにバレなかったもん」
「そりゃ見た目は人間に近かったけどな。あんなもんつくってどうしようってんだよ」
「最近さあー、パーティ限定のダンジョンとか増えてきて面倒なんだよねえー。ほら、あのゴーレムがあれば、人数をかさましできるかなって」
はた迷惑な。
「素直にパーティ組めばいいだろ」
「やだよー、面倒くさいー」
……まったく、こいつを育てたやつの顔が見てみたいもんだ。
「まあ、おれたちの仕事は終わりですね。とはいっても、まだ昼過ぎか。姫乃さん、どうしますか?」
「そうねえ。わたしも別に、予定はないんだけど……」
そこでふと、思いつく。
「あ、そうだ。どうせだし、ここに潜っていきますか?」
「いいわね。さっきはちゃんと見れなかったし」
おれたちは立ち上がった。
「よし、じゃあ、決まりですね。ピーターが戻ってきたら受付に……」
と、そこで眠子が手を上げる。
「あ、わたしもー」
「おまえはまだピーターに叱られるのが残ってるだろうが」
「うぐ……」
「ま、おれたちを騙そうとした気概は買ってやるよ。おれも最初の一回は完全に騙されたしな。でも、三回も出したら誰でもおかしいって……」
「え?」
そこでなぜか、眠子が首をかしげる。
「……わたし、二回しかゴーレム出してないよ?」
「え?」
一瞬、フードコートの喧騒が遠ざかったような気がした。
「おいおい、冗談だろ? ほら、最初におれたちの前に出た脚のない……」
「わたしのゴーレム、脚あるけど……」
あ……。
そういえば、二回めと三回めは地面に立っていたような……。
「……あの浮いてたやつは?」
「だから、わたし知らないってばー」
おれは姫乃さんを見た。
彼女は真っ青になりながら、おれを見つめていた。
でも、おれの視線はそのうしろにあった。
――姫乃さんの背後に、一瞬、白い服の女が。
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