30-9.たぶんだけどね
「シット!」
ピーターが腕を伸ばすより先に、女の姿が揺らめいた。
そして突然、周囲の水が激流となって身体の自由を奪う。
反射的に目をつむり、姫乃さんを引き寄せた。
「ピーター、いるか!」
「あぁ、大丈夫だ!」
攻撃を警戒するが、そういった気配はない。
やがて波がおさまった。
女の姿は跡形もなく消えると、あとには白い服だけが残っている。
「なんだい、アレは!」
ピーターは忌々しそうに舌打ちすると、それを握り締めた。
おれもそれを呆然と見つめた。
あの気配、幻影スキルではない。
まるで本当にそこに存在していたようだ。
「なにか仕掛けはあるか?」
「いや、なにもないよ。ぼろぼろだけど、普通のシャツだ」
それを手に取ってみる。
ピーターの言う通り、特に変わったところはない。
「ね、もうやめましょうよ」
「姫乃さん、あれは幽霊なんかじゃありません」
「どうしてわかるのよ!」
すると、ピーターが聞いてくる。
「なにか気になるのかい?」
「アレが出たとき、ほんの一瞬、魔力の匂いがした」
「ぼくは気づかなかったけど……」
「巧妙に隠してあったからな」
ピーターを出し抜くなんて、並みのハンターじゃない。
正直、おれもどうして気づいたのかはよくわからない。
ただ、アレは間違いなくスキルで現れたものだ。
「じゃあ、すぐに館長のところに戻って、入館者の情報を……」
「いや、おそらく無駄だ」
「どうしてだい? もしハンターならすぐに見つかるよ。なにせ、この一か月、ずっと通ってることになるんだろ?」
「たぶん館長はそのことを知ってる」
「ホワイ!?」
ピーターが目を剥く。
「どうしてそう思うんだい?」
「あー。さっきのファイルのことだけど。あれ、変じゃなかったか?」
しかし、ピーターは首をかしげるばかりだ。
姫乃さんも同様だった。
「すごく細かく書いてたと思うけど?」
「それです」
おれは、あの文面を思い出していた。
「あのファイル、妙に細かすぎたんですよね。女が現れた日時、場所、発見者、その他もろもろが、しっかり書き込んでありました。普通、時間や場所が抜けるものですよね」
「どうして?」
「従業員ならともかく、一般の入館者がすべて覚えてるとは思えません。おれたちだって、ここがダンジョンのどこら辺かなんてわからないでしょ? たぶん、あのファイルの作成者は、最初からどこに現れるか知っていたんです」
「……まあ、一理あるわね」
ピーターは渋い顔のままだ。
「でも、それなら館長の自作自演ということになるよ。ぼくまで呼んで調査させるなんて、目的が見えないな」
「それも見当がつくけど、いまはあの女の正体を明かさないことが先決だ」
「また出るってのかい?」
「おれの予想が当たっていればね」
おれはふと、その服の手触りに気づいた。
「……砂だ」
「え?」
ピーターが、それを触った。
「本当だね。内側についている」
言いながら、地面の砂をすくう。
「うーん、ここの砂と同じだと思うけど?」
「さっきの水の流れで、巻き上げられたのか……」
と、そこでおれは思い当たった。
……まさかなあ。
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