30-6.エンカウント


「姫乃さん!」


 おれたちは彼女のもとに駆け寄った。

 姫乃さんは震えながら、向こうのほうを指さしていた。


「あ、あれ……」


 おれたちはその方向に目を向け、息を飲んだ。


「ま、マキノ……」


 そこには、白い服を着た女のようなものがいた。

 まるでローブのようなぼろ衣で、足元まですっぽりと隠している。

 その女は壁際で宙に浮いて――いや、この場合は水の流れにたゆたっていた。


 それは遠目におれたちを見つめていた。

 やがてフッと微笑むと、そのまま消えてしまう。


「……見間違いじゃ、ないよな」


「あぁ、ぼくも見たよ」


 おれはすぐにその場に泳いだが、その場所にはなにもなかった。


 ……話だと、白い服が残るということだったけど。


「いまの、人間に見えたな」


「ハンターの悪戯じゃないのかい」


「いや、ここではこのウェットスーツは必要だ。あれはそんなものを着ているようには見えなかった」


「じゃあ、仮にハンターだとしたら、そうだね。この場所で自在に動けるほどの高レベルハンターだってことだ」


 だとしたら分が悪い。

 おれたちもレベルに関しては遅れは取らないだろうが、このような特殊な地形ではやはり専門の人間が優位に立つ。


「そうだ、魔力の痕跡はどうだい? もしハンターなら、なにかしら残っているだろう?」


 おれはハッとすると、急いでスキルを発動した。


 ――追跡スキル『トレーサー』発動


 おれはその結果に、ひやりとしたものを感じた。

 ……これは、まさか。


「どうしたんだい?」


「……ない」


「え?」


 おれはもう一度、言った。


「魔力の痕跡がない」


「ワット!? 嘘だろ!」


「いや、本当にないんだ」


「テレポートの可能性は?」


「スキルを使えば、必ず残り香がある。それがないってことは、ここで完全に消滅したってことだ」


「……じゃあ、まさか」


 おれはそれには答えなかった。

 だって、ピーターの言おうとしていることは……。


「ゆ、祐介くん」


 そこで、姫乃さんがおれに呼びかけた。

 その顔は真っ青に青ざめている。


「大丈夫です、心配しないでください」


 おれは彼女を落ち着かせるように、その肩を抱いた。

 はっきりとわかるほど震えている。


「大丈夫です。幽霊なんていません。あれはきっと他のハンターが悪戯を……」


 すると姫乃さんは、ゆっくりと首を振った。


「見間違いじゃなければ、その、あの女のひと、脚がなかったわ……」


 しーん、と静まり返った。


 ピーターを見ると、珍しくこいつも青ざめている。


 ……この依頼、一筋縄じゃいかなそうだな。

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