30-5.水中散歩


「いやあ、絶景だねえ」


 ピーターがのんびりした様子で言った。


『シームーン・アイランド』に潜り、おれたちはその美しさに心を奪われた。

 透き通ったアクアブルーの世界を、おれたちはゆったりと泳いで――いや歩いている。

 特殊な潜水スキルを施したこのウェットスーツにより、入館者は水の中でも自在に移動できるのだ。


「あ、見て」


 姫乃さんが指さした。

 すると向こうに、七色の巨大な魚がその鱗をきらめかせながら泳いでいた、


「あれもモンスター?」


「うーん。ダンジョンの生物をすべてモンスターと括るなら、そうなると思います」


 姫乃さんが、明らかに落胆した様子を見せる。


「……つまり、普通の魚ってことね」


「まあ、はい」


 やっぱりこのひと、喜ぶポイントが違うよなあ。


 しかしこのスキル、呼吸も会話もできるからとんでもない。

 このウェットスーツを設計したハンターは、おそらく並みの魔具技師ではないだろう。


「おい、ピーター。なんかダンジョンに潜ってから静かだな」


「え? いや、そんなことはないよ」


「でも、いつもならもっとしゃべってそうだろ」


「いや、ダンジョンで武器を持たないっていうのが落ち着かないのさ」


「あぁ、なるほど……」


 こいつのウルトの性質上、たぶん初めての経験だろうからな。


「……ていうか、どうしておまえなんだ?」


「なにがだい?」


「こんな危険度の低そうなオカルト現象の捜査に、おまえみたいなやつが駆り出されるなんて珍しいと思ってさ」


「あぁ、それかい。ぼくもびっくりしたんだけど、どうも館長が上位ハンターを依頼してきたらしいんだ」


「はあ? でも、おまえクラスのハンターへの依頼なんて、どんだけの金を積んだんだ?」


「フーム。やっぱり館長にとってこのダンジョンは大事な商売道具だからね。悪評を立てたくないってのもあるんだろ」


「悪評ねえ」


 おれは周囲を見回した。


 そんな心配はどこ吹く風。

 見れば向こうにもこっちにもカップルや家族連れが歩いていた。

 それに、大学生の男連れなんかもちらほら見える。


「……かなり賑わってると思うんだけど」


「なにか気になるのかい?」


「いや、この施設、最近はあまり流行ってないって聞いてたんだよね」


「そうなのかい?」


「結局のところ、ここの売りって風景だけだろ。リピーターが付きづらいのが課題だって、前にハンター通信で読んだ気がする」


 それに、どうにもメイン層とは違う客が目につくんだよな。

 ここって基本的にデートスポットだから、男連れとかはいないはずなんだけど。


「……マキノ、あの雑誌まだ購読してたのかい?」


「い、いいだろ、別にさ」


 と、前を歩いていた姫乃さんが腕を引いた。


「ね、ねえ、祐介くん」


「なんですか?」


「あれ、どうして手をつないでるの?」


「え?」


 見ると、他の入館者はすべて一様に手をつないで移動している。


「あぁ、ダンジョンに慣れないひとだと、たまに魔具をうまく扱えなくて別の方向に移動してしまうらしいです。だから、ああやって手をつないでカバーするんですよ」


「……わたしたちはしなくていいの?」


「え。いや、おれたちはダンジョン慣れてるから必要ないでしょ」


 すると姫乃さんが、微妙な顔で応えた。


「そ、そうね。そうかもしれないわね」


 そしてなぜか、不機嫌そうに視線を逸らす。


「……え、姫乃さん、なにか怒ってます?」


「な、なんでもないわ」


「いや、だっていま、明らかに……」


「もう、なんでもないって言ってるの!」


 なぜかゲシッと脚を蹴られた。

 そして彼女は、すいーっと前に泳いで行ってしまった。


「……なんだ?」


 するとピーターが、ハアアッとため息をつく。


「……これに振られたんじゃネネも浮かばれないねえ」


「え、なにが?」


「……なんでもないさ」


 うーん?

 なんか、今日のピーターはやっぱり変だな。


 と、そのときだった。



「キャアアアアアアアアアアアアアアアア」



 姫乃さんの悲鳴が、おれたちのもとに届いたのだった。

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