30-4.女心は


「一か月ほど前からです。ダンジョンの中で、白い服を着た女のようなものが目撃されるようになりました」


 このダンジョンの館長だという男は、疲れたような顔で言った。


 ピーターが眉を寄せる。


「白い服の女?」


「はい。ご存知とは思いますが、当ダンジョンはモンスターと触れ合えるアトラクションというものが目玉でして」


「そのようですね」


「そのエリアに、時折、女が現れるのです」


「はあ……」


 ピーターの表情は渋い。


「ちなみに、どのように現れるのですか?」


「ダンジョン内を散策していると、遠目にふらりと現れては消えるそうです」


「遠目にですか?」


「はい。それで、近づこうとして消えるといいます」


「それは、なにかを女と見間違ったということは?」


「いえ、それはありません」


 館長はきっぱりと答える。


「なぜですか?」


「これを……」


 すると、彼は一枚の布切れを差し出してきた。


「これは……?」


 広げると、それはぼろぼろの白いシャツだった。


 館長は、恐ろしそうに身体を震わせる。


「女が目撃された場所には、必ずそれが落ちているというのです」


「……なるほど。これは確かに、人間のものですね」


 ふたりが話している間、おれたちはぼんやりとそれを聞いていたのだが……。


「……姫乃さん。辛いなら外で待ってたほうが」


 彼女は真っ青になりながらも首を振る。


「だ、大丈夫よ。心配しないで頂戴」


 その強がりはいったい何の意味が……。


 しかし、ピーターはまだ半信半疑のようだった。


「……それは、入場者の悪戯では?」


「あの空間で、一般人がそんなことをできるとは……」


「まあ、そうですね」


 そこで彼は立ち上がった。


「まあ、実物を見てみないことにはなんとも……。それでは館長。ダンジョンに潜らせてもらいますよ」


 やっと話が終わり、おれたちは作業員用の更衣室に案内された。


 ウェットスーツに着替えながら、おれはピーターにたずねた。


「なあ、どうしてそんなに否定的なんだ?」


「そりゃそうさ。お化けなんて非科学的なもの、あるわけないだろ」


「まあ、おれもそうは思うけどな」


「このダンジョンで悪さをしているやつがいる。それをはやく捕まえないと、事件に発展してからじゃ遅いんだ」


「まあなあ」


 でもだとしたらいったい、その白い女の正体はいったい……。


 着替え終わると、おれたちは更衣室を出た。


「あれ、クロキチャンは?」


「まだ着替えてるんじゃないかな」


 と、そこへ女性更衣室のドアが微かに開いた。


「ゆ、祐介くん」


「あ、はい。着替え終わりましたか」


「ま、まあ、ね」


 なぜか顔だけ出している彼女に、おれは眉を寄せる。


「あの、はやく出てこないと、時間が……」


「ちょ、ちょっと待って。ほら、あんただけ来て」


「はい?」


「いいから!」


 なんだ?


「どうしたんですか?」


「こ、これ……」


 そう言って、彼女は恥ずかしそうにドアをもう少し開けた。

 ぴっちりとしたウェットスーツを着た彼女は、なんというか、その……。


「……へ、変じゃないかしら」


「…………」


「ゆ、祐介くん?」


 ハッ。


「あ、い、いや、えーっと……」


 こういうときはアレか?

 似合ってるとか言えばいいのか?

 いや、でもそんな曖昧な褒め方はダメだって雑誌に書いてあったしな。


「……その、アレですね」


「…………」


 彼女の視線が、おれの答えを期待しているようだ。

 おれは意を決すると、はっきりと告げた。


「普段よりスリムに見えていいと思います!」


 ぶん殴られた。

 なんでや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る